Volume.03 SHINSHU LOCALISM
全国から注目される
教育移住のまち 佐久穂の魅力
ROUNDTABLE DISCUSSION
クロストーク
佐久穂町町長:佐々木 勝さん
大日向小学校・中学校教諭:福田 健さん
移住者:やつづか えりさん

Volume.03 SHINSHU LOCALISM
クロストーク
佐久穂町町長:佐々木 勝さん
大日向小学校・中学校教諭:福田 健さん
移住者:やつづか えりさん
独自の教育メソッドをもつ私立小学校の開校で注目される長野県。自然の中でのびやかに子育てできる環境にもひかれ、主に首都圏から「教育移住」を実践する人が増えつつある。その先駆けが、佐久穂町にある「大日向小学校・中学校」。同校に通うため東京から移住したやつづかえりさん、教員の福田健さん、そして佐々木勝町長に、今と未来を聞いた。
「おいしい酒が造られる場所は、良い土地である」と語られる。清らかな水、おいしい米、実直に酒造りに取り組む人と、三拍子が揃った土地だと証明するからだ。北八ヶ岳を望み、清らかな千曲川の上流が町の中心を流れる佐久穂町も、そんな土地の一つ。江戸時代から醸される「黒澤の酒」は、佐久地域の名醸として愛されている。
豊かな環境のこの町に、2019年、新しい魅力が加わった。日本初のイエナプラン認定校「大日向小学校」だ。この3年後には中学校を開校し、今後は中等教育学校の開校も目指している。豊かな自然と独自の教育コンセプトのもと、子ども時代の12年間をのびのびと過ごす環境が生まれつつある。生徒のおよそ7割が、県外からの移住者。新幹線の停まる佐久平駅がほど近いこと、リモートワークの普及も後押しになった。
大日向小中学校がこの町にもたらした変化は、人口増にとどまらない。多様な経歴の移住者たちが起業をしたりコミュニティを立ち上げたりと自然発生的に地区が活発に動き出し、町の施策や教育も独自の試みを始めている。学校をコアに、地域にゆっくりと広がるさざ波のような変化。それを受け入れ、共鳴する住民のおおらかさもまた、町の魅力だ。
2019年、佐久穂町大日向地区に開校した大日向小学校。22年には中学校も開校した。法人名の由来は地域の象徴の「茂来山(もらいさん)」から。
左から、大日向小学校・中学校で教員として働く福田健さん、佐久穂町町長の佐々木勝さん、東京から家族で移住したやつづかえりさん。
教室は、子どもたちにとって安心で居心地のいい「リビングルーム」として設計されている。「対話は私たちが共に生きていくための土台」という考えのもと、毎日朝と夕、子どもたちと教員がサークル(輪)になって話す時間をもっている。
「初めて入学式に出席した時、子どもが自由で驚きました」と笑う佐々木町長。
東京都町田市から移住したやつづかさんはフリーのライター。移住検討者向けに町の様子を伝える記事なども執筆する。
教室でギターを演奏することもある福田さん。その影響で、やつづかさんの長女はギターを始めたそう。
福田健さん(以下、福田) 大日向小中学校の生徒の約7割が、県外からの移住者です。家族単位で移住するので、開校以来、佐久穂町への移住者は増えていますよね。
やつづかえりさん(以下、やつづか) 私は娘の入学に合わせて、2020年に家族で東京から移住しました。佐久穂町にある築100年近い古民家をリノベーションして暮らしています。仕事はフリーランスのライターで、リモートで東京の仕事をしたり、最近はこの地域での依頼も増えてきました。
佐々木勝町長(以下、町長) 活気ある営みを町じゅうで感じるようになったことが、一番の変化ですね。地域に子どもの声が響き渡るようになったし、移住してきた保護者がお店を始めて、シャッター通りだった商店街に人がまた集まるようになって。この校舎は、2012年に閉校した旧佐久東小学校の校舎なんです。計画中、住民の皆さんからは「本当に入学者が来るの?」と心配の声も多くてね。けれど蓋を開ければ、初年度から予想の2倍以上の応募があったと。驚きましたね。
——教育が魅力的だから、移住を決断するんですね。どんな教育が行われているのですか?
福田 大日向小中学校は、ドイツで生まれてオランダで発展した「イエナプラン教育」を実践する日本で初めての学校です。個を尊重し互いを認め合う、自由と責任のある共同体を目指しています。特色の一つが、異学年が混ざり合って学ぶこと。クラスは2学年または3学年に渡る子どもたちで構成されています。教員ともフラットな関係で、担任は「グループリーダー」。子どもたちは僕を「先生」ではなく「ケンさん」と呼んでいます。
町長 最初の入学式で私も「“まっさん”と呼んでください」と自己紹介しました(笑)。
やつづか (笑)。娘は今、大日向小の5年生です。開校前に東京で大日向小の理事の方と話す機会があって、初めてイエナプランを知りました。社会で他者と生きる力を育てる、主張するだけでなく相手の言葉に耳を傾けて対話をする教育という印象をもって、娘に合うんじゃないかなと感じました。首都圏で暮らしていると中学受験が現実的に見えてくるので、「このままでいいのかな」と迷っていたのも理由の一つでしたね。
廃校になった「佐久東小学校」の校舎をリノベーションして活用。
毎日スクールバスを4台運行。佐久平駅や佐久市街地、佐久穂町各所を巡回する。
学年を越えて一緒に遊ぶ子どもたち。送迎の保護者にも元気に挨拶していた。
自然の中でのびのびと遊ぶ。
——どんな授業なんでしょう?
福田 特徴的なのは「ブロックアワー」という時間ですね。数学や英語など、自分で計画して、自分の課題に向かっています。中心になる学習は「ワールドオリエンテーション」。子どもたちの自発的な問いから教科にとらわれず自由にテーマを決め、プロセスも子どもたち自身で考えて探究的に学ぶ活動です。野菜を育てたり、地域の方と連携しながら社会問題を探究したり、運動会でオリジナル競技をつくったり。総合的な学習の時間のイメージに近いですね。
やつづか よく覚えているのは、娘が1年生の時に取り組んだ「つくること・つかうこと」というテーマです。「つくるプロ」として町のきたやつハムさんや農場、養蜂家さんなどに話を聞きに行ったとか。おもしろいですよね。
福田 誰に話を聞きたいかを考えて、子どもたち自身が電話でアポイントを取ったんですよ。
やつづか すごい! 娘は町にある「奥村土牛記念美術館」で話を聞いたそうです。学校に戻ってさらに「問い出し」を重ねる中で、もっと聞いてみたいことができたようで、美術館にもう一度足を運んで話を聞いたそうです。二度も行かせてくれる学校にも、受け入れてくれる美術館にも驚きました。子どもの学びを、本気で後押ししてくれるんだなと。
車窓から里山の風景を眺めるJR小海線。小海町出身の新海誠監督が高校時代、通学に使っていたそう。
佐久穂のシンボル「茂来山」は信州百名山の一つ。身近な登山コースとしても人気。
教室の窓からは四季折々で色を変える山々が見える。
校内イベントに向けて、中学校の生徒たちと一緒に歌の練習中の福田さん。
やつづか 娘はもともと人見知りで、移住前は「東京のお友だちと同じ小学校に行きたい」と言っていて。「合わなければやめていいから、行ってみよう」と話し合って佐久穂に来たんです。あれから4年がたち、今ではこの学校がすっかり彼女のホームに なったと感じますね。例えば、みんなの前で発表する時にまったく物怖じしないんです。友だちも先生も家族みたいな感覚だから安心しているのかな。
福田 大勢の前で堂々と表現できる子が多いですね。学校では毎日、朝と下校時に「サークル」という時間があって、子どもたちと教員が輪になって顔を見ながら話をしたり、一緒に考えたりしています。
やつづか カルチャーショックだったのが、ルールが最小限なんですよね。ぬいぐるみをもってきて、自分の隣に置いて勉強するのが流行ったこともありましたよね(笑)。
福田 そうなんですよ(笑)。
町長 おもしろい(笑)。校内だけでなく、地域と関わりながら学ぶ機会も多いですね。
福田 地域の方にインタビューしたり、一緒にプルーンを育てたり。地域全体を学びの環境と捉えて、地域の方と交流しながら学ぶことを大事にしています。校庭で大日向地区の方と交流会を開いたり、コロナ禍前は運動会にも招待して、かなり盛り上がりました。
町長 いいですね。校内にある「大日向食堂」もコロナ禍前は一般開放して、地域の方や保護者と一緒にお昼を食べていましたね。
福田 はい。給食ではなく「学校ごはん」と呼び、一般の方も入れるようにしていました。
やつづか 大日向小中学校は参観日がなくて、その代わり保護者が自由に校内を見学できる「がっこうさんぽ」という期間があるんです。参観日って子どもは緊張すると思うんですが、この学校の子たちはすごく自然。よく「どの子のお母さん?」と子どもたちに話しかけられます(笑)。日常の勉強も独自のスタイルで、席に座って黙って先生の話を聞く時間は少なく、みんなで話したり作業をしたりしているんですよね。のぞいてみると、「今こんなことをやってるんだよ」って子どもたちの方から教えてくれる。自然な姿が見られるから、親としても嬉しいです。
ある日の低学年クラス。机を並べず思い思いの場所で学ぶ。壁の黒板はリノベーション時に撤去し、教室ごと違う色でにぎやかに塗装。
廊下と教室の間はガラス張りで互いに様子が見える。ワールドオリエンテーションなどで学んだことが貼り出されている.
中学校の教室で子どもたちと話す福田さん。サークルになって話したりグループで作業したり、一人で静かに学んだりと自由に過ごせるよう設計されている。
町長 町の教育長に「大日向小中学校が他の学校と一番違う所は何ですか?」と聞いたら、「保護者自身が学校をつくっていること」と話していました。いわゆるPTA組織は ないのに、学校を良くするために様々な活動を自発的にされていますよね。校内にある学童クラブはもともと保護者の皆さんが立ち上げて、今も自主的に運営されているとか。
やつづか 保護者それぞれができる範囲で関わり、学校側もウェルカムな雰囲気ですね。移住経験者が新しく移住してきた人をサポートする「入学移住おうえん隊」や災害時の行動を学ぶ「防災プロジェクト」に「大日向農業部」と、いろんなプロジェクトがあります。私は環境問題への関心から断熱に興味をもって、学校の保健室の「断熱DIYワークショップ」を保護者仲間と開きました。
福田 この学校の大きな魅力は、保護者が個性豊かなことです! 思いつくだけでも医師やエンジニア、ご自身で起業された方など多様な職業や技術をもった方がいて、各々の興味があること、やりたいことからいろいろな活動が生まれている。保護者が参加するというより、一緒に学校をつくっているイメージです。もちろん強制ではなく、あまり参加できないけど応援してくれている保護者もいて、互いに想いを感じています。
動物を飼育したり菜園で野菜を育てたり、自然と一体で学ぶ。
昼食は「給食」ではなく「学校ごはん」と呼ばれ、校内にある「大日向食堂」でバイキング形式で提供される。生徒自身が食べられる量を選び、残さず食べることを大切にしている。地域の食材が積極的に使われていて、この日のメニューはチキンカレーとコンソメスープ、かりかりきゅうり。教員や保護者が混ざってテーブルを囲むことも。
町長 2015年に町の小学校と中学校が統合して、施設一体型の小中一貫校「佐久穂町立佐久穂小・中学校」が開校しました。中学の先生が小学生にも授業を行ったり、小学1年生から学ぶ9年スパンの英語プログラムを導入したりと、新しい試みを実践しています。
福田 大日向小中学校をきっかけに移住を考えた方の中には、最終的に佐久穂小・ 中学校への進学を選択する方も多いと聞きました。
町長 環境にひかれたということですね。もう一つ、キャリア教育も佐久穂の特徴です。地域の林業や農業を体験し学ぶプログラムを取り入れることで、子どもの頃から町の魅力を知り、職業観を育むことを目指しています。
やつづか 私が佐久穂町の教育ですごくいいなと思うのが公民館活動です。「茂来館」という大きな施設に図書館も学習室も、コンサートホールもあって。正直移住前は、文化芸術に触れる機会は東京より減るだろうと思っていました。でも茂来館でコンサートや展示が頻繁に開かれるし、地域住民がステージに上がる機会も多い。先ほど話した「奥村土牛記念美術館」の展示も素晴らしくて、娘とよく出かけます。どれも無料や低額で、カジュアルに文化芸術に触れられるのが嬉しいです。
福田 茂来館へ習いごとに通う子もいますね。
やつづか 娘は茂来館で書道を習っています。とても良心的な価格で。他にも多彩な教室があって、意外と選択肢が広いんですよ。
町長 使わなくなった校舎を再生した「佐久穂町こどもセンター さくほっこ」も、多くの方に利用してもらっています。乳児から18歳まで遊べる施設で、小学生が放課後に学童クラブとして使うこともできるし、乳幼児検診も行っています。
「佐久穂町立海瀬保育園」他、三つの町立保育園や私立のこども園では、地域環境を生かした自然保育を実践。日常的に里山へ散歩に出かけたり、隣接する広場で虫とりや木の実拾いをしたりとのびのび育つ。
佐久穂町生涯学習館「花の郷・茂来館」。ホール、ギャラリースペース、図書室、自習スペース、一般の人が利用できる部屋などがある。
茂来館のホール。音楽家による演奏会や劇の公演会が催される。
貸し出しを行う個室は、書道やヨガなどのカルチャースクールや子どもの習いごと教室で盛況。
やつづか 町の空き家バンクと不動産屋さんに相談していくつか内見して、最終的に不動産屋さんで購入しました。びっくりしたのが、役場に転入の連絡をしたら窓口の方が「ご 近所何軒に挨拶に行ったらいいか」など親身に教えてくださったこと。しかも、挨拶回りにも同行してくれたんですよ。東京で役場の人と話すなんて、窓口で事務的な話をする程度でしょう? 驚いたけど、すごく心強かった。
福田 僕は大日向地区で紹介してもらった一軒家を借りています。古い家ですが自由に改装していいと言われて、小屋やブランコをDIYでつくって家族で楽しんでいます。買ってしまいたいぐらい気に入っています(笑)。
やつづか 地域の方も歓迎してくれました。皆さんにとっても都会からどんな人が来るか不安はあったと思うし習慣の違いにとまどうこともありましたが、優しい方ばかりで。例えばお葬式のお悔やみなどの風習は、移住の先輩である地域おこし協力隊の方に教わりました。
町長 ところで「ホカツ」という言葉があると聞いたんですが……。
やつづか 佐久穂町はファミリー向けの賃貸住宅が少ないので、移住者にとって家探しは難関なんです。佐久穂町での家探しがいつの間にか「穂活=ホカツ」と呼ばれるようになって(笑)。隣の佐久市に行けば住宅はたくさんあるのですが、やっぱり通学を考えると佐久穂町の方がいいですから。
福田 町でなんとかなりませんか?(笑)
町長 ごめんなさい、町営住宅の新設は現状難しく、民間の賃貸住宅に対する補助金を充実させたいと考えています。この辺りは昔から持ち家が主流ですが、移住者の方は必ずしも所有にこだわらないですよね。良質な賃貸住宅を増やして、循環させていけたら。
やつづか ニーズは間違いなくあるので、良い物件が増えることを期待しています!
戦後、旧穂積村(現佐久穂町)で創作活動を行った日本画家、奥村土牛(とぎゅう)の素描を収蔵展示する「奥村土牛記念美術館」。
大正から昭和初期に建設された建物や庭園も見どころ。敷地内には土牛画伯が滞在した離れも。
素描作品や日本画の下図、書などを展示。照明は当時のもの。
——医療機関も充実してきていますね。
町長 移住者に医師の方もいらっしゃるので、町立千曲病院に新設備などを整えて迎えています。良い先生が来ると、医師や看護師も集まるんですよね。大日向小中学校にも言えることですが、文化がある所に人は集まるんだなと思います。少子化対策や子育て支援も、地道に続けていきたいと思います。
佐久穂町役場 総合政策課 政策推進係の
小林里絵さん。「佐久穂町への移住相談
は私たちが承ります。お気軽にお声がけ
ください」
長野県上田市移住定住情報サイト
https://www.city.ueda.nagano.jp/site/iju/
長野県佐久穂町行政チャンネル
https://www.youtube.com/@user-eg7yl9sp4g