Volume.04 SHINSHU LOCALISM

インクルーシブな世界を目指す
障害を解放するフィールド

Dialogue

インタビュー
T.S.branch:代表取締役 横田 宙士さん
PACIFIC FURNITURE SERVICE:
デザイナー 石川 容平さん

インクルーシブな世界を目指す障害を解放するフィールド

長野県佐久市で、全国でも類を見ない知的障害者とその家族・支援者のためのキャンプ場「Calmdown Special Camp」が、2026年夏のプレオープンをめざして動き出している。福祉の既成概念を打ち破るこの大胆な構想に挑むのは、「T.S.branch」代表の横田宙士さんとP.F.S.デザイナーの石川容平さん。ふたりにプロジェクト立ち上げの想いを聞いた。

キャンプ場が位置するのは全国トップクラスの晴天率を誇る長野県佐久市。

日本の人口で障害者が占める割合は、およそ1割。また障害者のなかでも「知的障害者」はそのさらに1割だという。そんな中、知的障害者と家族・支援者に向けたキャンプ場「Calmdown Special Camp」の事業を立ち上げたのが 「T.S.branch」の横田宙士さん。
自身の姉はダウン症、子どもは自閉症という「障害者の家族」として常日頃から感じてきたのは、のこり9割の人たちの「理解の少なさ」。たとえば障害者用グループホームの建設に、周辺住民の多くが反対したというニュースがあったが、それは「これまでの人生で、その人たちが障害者のことを知る機会があまりなかったからではないか」と横田さんは言う。
ただ頭で理解するだけでなく、もっと身近に、もっと自然に。障害者との関係を育む場所をつくりたい。知的障害者とその家族・支援者にとって、できるだけストレスのない遊び場を提供したい。こうした想いが「Calmdown Special Camp」というかたちで結実しようとしている。
このプロジェクトの核心となるのは「障害者のための施設」でありながら、そのイメージにとらわれず、誰もが「かっこいい」と憧れる、新しい時代のキャンプ場をつくること。そこで施設全体のディレクションと建築デザイナーとして選ばれたのが、UNITED PACIFICS代表、同社のブランド「PACIFIC FURNITURE SERVICE(P.F.S.)」のデザイナーでもある石川容平さん。これまで、感度の高い施設や店舗を数多く手がけてきた石川さんの視点を交え、この場所がもたらす新たな体験と、場の力によって社会の「穴」を埋める可能性に迫る。

「障害者への障害をなくす」をミッションに掲げ、障害者や保護者、関係者の支援事業を行う「T.S.branch」代表の横田宙士さん(写真右)。「UNITED PACIFICS」代表の石川容平さん(写真左)はこれまで、ステーショナリーと雑貨のお店「DELFONICS」や、所ジョージ氏の情報基地「世田谷ベース」など、感度の高い空間の設計・デザインを数々手がけてきた。

家族に障害者がいることを、
カミングアウトしづらい環境がありました

——このプロジェクトについてお話しいただくなら、どこまでさかのぼりますか?

横田宙士さん(以下、横田) 私がもともとやっていた消防士の仕事を辞めてからですね。それまでは今の事業をやることは考えていませんでした。障害者についておかしいと思うことはいっぱいありましたけど、できるはずないと思って、現実世界で生きてきたという感じです。

——では想いはずっとあった、ということですね。

横田 私の姉はダウン症なんですが、小~中学生の時から家族に障害者がいることを、カミングアウトしづらい環境がありました。「言うといじめられるんじゃないか」とか、そんなことを思ってたんですね。

——具体的なエピソードはありますか。

横田 両親が近所の幼稚園に「ダウン症なんですけど、通えませんか?」と聞いて回って、全部断られました。最終的に受け入れてくれたのは和光(自由な校風と生徒主体をモットーとする学校法人和光学園)で、そのまま中学まで通ったのですが、私は地元の公立に入ったので、同級生に「お姉ちゃんはなんで違う学校行ってるの?」と聞かれるんですよね。小学校低学年の時は「実は障害をもっていて」なんて言えないですし、そこから少しずつ姉のことを説明するのが面倒になってきたんです。だけど大きくなるうちに自然と「なんで隠さなきゃいけないんだろう」と思うようになりましたね。

2025年6月11日、佐久市の工事許可を取得し、キャンプ場予定地で地鎮祭を斎行。御嶽神社の畠山宮司を迎え、関係者が参列した。当日はあいにくの雨天だったが「雨降って地固まる」の言葉どおり、工事はいよいよ本格着工へ。近隣への影響に配慮し、適切に対応しながら進めていく。

——ご自身はダウン症に対してどういう印象をおもちでしたか?

横田 私が生まれた時に姉はもう存在していて、家族に障害者がいることがあたりまえだった訳です。ですから一緒にレストランに行った時に他のお客さんが姉を見ていても、まったく気にしていませんでしたね。いい意味で無頓着だったんです。

——「障害者」といえば、身体障害者を思いうかべる方も多いと思いますが、知的障害者について教えてください。

横田 私は専門家ではありません。ただ、知的障害者の「親」と「兄弟姉妹」という二つの立場から、経験上ざっくり表現するならば、「身体は大人でも心は子どもの人」という感じだと思っています。この言い方をすると「子どもとはなんだ!」と言う方もいると思います。ただ、身体障害者は車椅子などのイメージがつきやすい一方で、知的障害者は「脳の障害」なので、外見上は健常者と変わりなく見える場合もあります。また、大きな音などの「刺激」が苦手で、辛い状態をうまく伝えられないために、その気持ちをこだわりやパニックという行動で伝えようとします。ただこれらの状態は、その「要因を取り除く」ことで予防することが可能です。

現地にて打ち合わせ。建築施工を担う岡田木材は、元は森林だった山を整備し、敷地造成から、そこで伐り出した木材の乾燥・加工、建築への活用までを一貫して手がける “木のスペシャリスト” 。このキャンプ場の建物も、ここで切り出した木材を活用して建築する。

——その要因を取り除くための環境とは?

横田 例えば、先の予定を「絵」で見せて見通しを立たせたり、大きな音が苦手な場合はイヤーマフという防音ヘッドホンを用意してあげるなどです。

——そのような配慮を、和光は実践していたということですか?

横田 だいぶ昔ですから、明確でありませんが、母から聞いた話では、姉の場合、小学校高学年の時から会話がたまに成り立たないほど知能の遅れが出始めていて、中学になると勉強についていけなくなったんですね。普通なら「もう無理じゃないですか」とか「別の教室で勉強しましょう」となるところ、クラスのみんなは待ってくれて、姉がわかるまで教えてくれていたそうです。公立の学校ではまずありえないし、今はそんなことをしたら親が黙っていない時代です。それはクラスだけでなく、学園全体の風潮だったと思います。

——ちなみに石川さんも和光に通われていたそうですね。

石川容平さん(以下、石川) 私は和光の大学で、高校までは別の公立学校でした。なので和光の校風についてあまり詳しく知らなかったのですが、大学に通い始めて最初に気づいたのは階段でした。校舎に行くまでのアプローチが階段しかなく、車椅子の人がいるのに、エレベーターもスロープもなかったんです。でももし車椅子の人がいたら、自然にまわりにいる2~3人が集まって、手伝ってたんです。私も普通に手伝っていました。

——それは興味深いですね。

石川 これは私の解釈ですが、スロープやエレベーターをつくると、そこで区別されてしまいますよね。「車椅子の人はあっちだよ」となるじゃないですか。どちらがいいのだろう、とすごく考えさせられました。
横田 今でこそ多様性などと言われていますが、和光学園は何十年も前から「障害をもった方も一緒に学ぼう」という姿勢があり、さすがだなと思います。何十年も先を行っていたと思います。

難しいことは分けてやり、
一緒にできることは一緒にやる

——このような場所や環境があることで人々の意識も変わり、社会も変わっていくということでしょうか。

横田 そう思います。この仕事をしようと決めてから、福祉先進国といわれているスウェーデンへ視察に行かせていただきました。日本は、普通学校と特別支援学校(養護学校と呼ぶ地域もある)が完全に分かれていて、場所も違うし、進む人生がまったく違って、交わりません。一方、スウェーデンは絶妙な距離感で、特別支援学校と普通学校の敷地を一緒にして、難しいことは分けてやり、一緒にできることは一緒にやる、という方法をとっています。そうすると健常者も障害者も、自然と理解し合えるのです。日本は小学校からいきなり分けてしまうので、障害者が特別な存在になってしまう。 極端なんですね。

——それが理解の進まない要因だと?

横田 そうですね。理解が足りないんです。かといって急に欧米のとおりにすればいいかというと、そんな簡単なことではないとは思いますが。

——知的障害者のためのプロジェクトを興すにあたり、最優先で考えたことはなんですか?

横田 まずは一般の方の理解を深める、ということです。これまでの障害者業界は「本人」、すなわち障害の当事者にスポットをあてる場合が多く、その支援者や関係のない一般の方に対してのアプローチは後回しになってしまっていました。 しかし本当に世の中を変えようと思ったら、当事者以外の理解を進めることこそが必要不可欠であり、実はそれが障害者本人のためにもなるはずだと思いました。

——その「支援者」というのは、親などのご家族も含めて、ですか?

横田 そうですね。子どもの発達の遅れから特別支援学校への進学を勧められても、普通学級に入れたがる親がいます。「子どもを差別するんですか!」とか「やっぱり健常者のなかで育てたい」などの理由です。ただ、障害者も特別支援学校などで適切な教育を受けていれば、ゆっくりでも確実に成長していきます。 逆に普通学校に入れたために問題が起きて、本人も周りも大変な状態になる場合もあります。 この場合、我が子の成長を妨げている、差別をしているのは「親」なのです。 彼らがどのように判断するかが、障害者の人生を大きく左右します。それゆえに正しい情報を届ける「支援者への支援」が重要だと思ったんです。

約30,000㎡の広大な敷地と、浅間山を望む伸びやかな眺望に恵まれた佐久市のキャンプ場予定地。

障害が、重い人もいれば、軽い人もいる。
なので「これが正解」というのはないんです

——プロジェクトを進めるにあたって、立ちはだかった問題は何でしたか?

横田 障害者を支援したいと思っている人は、たくさんいます。ただその活動の成果があまり出ていないと感じていました。なぜだろうと考えると、やっていることがやっぱり堅いんですね。例えば障害者向けの作業所が区役所の広場でお祭りをするのですが、そこに来るのは関係者ばかりで、一般の人はほとんど入ってきません。しかも売っているものが「いかにも」な感じで、障害者がつくった石鹸や人形など、一般の人が欲しいと思えないようなものばかりです。障害者の周りにいる支援者は一生懸命「障害者のことを知ってください」と言いますが、一般の人の視点から見ることがあまりできていないように感じています。私はもっと、普通の商品と比べても勝てるようなクオリティのものをつくるべきだと思うのですが、この業界は既存の流れを踏襲する場合が多く、こうした意見は敬遠されがちです。

——そんな中、理解を得るためのアプローチは?

横田 自己満足でやるだけではダメです。こちらから「障害者のこと知ってください」と押し売りしても、9割の人は障害者と関係ないので、聞く耳をもちません。なのでまずは世間一般の人が興味をもつようなものをつくって、引き寄せる方がいいと思いました。

——それでキャンプ場、となったんですね。

横田 そもそも障害者の方は街に出づらい、外食もしにくい、電車に乗るのも難しい、という状況があります。例えば知的障害者が行方不明になり、数か月後に山の反対側の沢で亡くなっていたということもありました。このように知的障害者の中には急に何処かへ行ってしまう方もいますから、山の中でキャンプとなれば、なかなか難しい。でも、ご家族の中には「キャンプを楽しみたい」と思っている方もいるでしょう。そういう人たちにも安心してキャンプのできる場を提供しようと思ったんです。また私はもともとアウトドア好きで、中学の頃から登山をする部活に入っていましたので、それも一つの理由ではあります。

障害者向けのユニバーサルデザインにありがちな「やさしさ」ではなく「かっこよさ」のあるデザインにしたい、という想いが一致する横田さんと石川さん。本対談が行われたのは、石川さんが営む東京・恵比寿にあるファニチャーショップ「PACIFIC FURNITURE SERVICE」。国産の無垢材を使い、国内でつくられるオリジナル家具や、海外のスタンダードでありアノニマスな家具・雑貨を取り扱うほか、 オーダー家具の製作、リフォーム等空間設計の提案も行っている。インテリア好きの間では知らない人はいない、といっても過言ではないほどの名店。

この日の打ち合わせでは、母屋の照明計画と暖炉選びについて、具体的な検討が行われた。基本的な機能は確保しつつ、後から目的に応じて追加できるよう、柔軟性をもたせること。さらに重要なポイントとして挙げられたのは、デザイン性と実用性のバランス。設計
における細部の決定が、単なる好みの問題ではなく、生活の質や安全性、空間の使い勝手に大きく影響することを示している。

——周囲の反応はどうでしたか?

横田 このような事故がないように、キャンプ場全体を柵で囲う案を出したのですが、住民の説明会で「柵で囲うなんて、刑務所みたいに思われませんかね?」とのご意見もありました。ただ知的障害者の家族や実情を知っている人なら、その必要性を理解してくれるはずで、むしろ当然だと思うでしょう。なのでこういう意見が出る時点で、まだ理解が足りていない。そういう問題提起をするためにも、このキャンプ場は必要だと思いました。
石川 実は僕も最初は「刑務所みたいだ」と言ったんですよね。
横田 でも話をしているうちに理解してくれました。

——石川さんにはどのような課題がありましたか?

石川 バランス、でしょうか。柵の高さ一つとっても、2mなのか、3mなのか、60cmなのか。どこで落ち着かせるかによって、すべての構造物との関係性が変わってきます。障害にも程度があるので、それは大変な問題です。
横田 知的障害者の程度は人によって様々です。0か100かではなく、グラデーションのようなもので、明確な境目がありません。障害が重い人もいれば、軽い人もいる。なので柵の高さにしても、「これが正解」というのはないんです。飛び越える人もいれば、飛び越えない人もいる。ただ、柵の高さは物理的に決めざるを得ません。正解のない中で、答えを出さなければならないというのは、障害者に関わる人間として、難しい部分です。

——それをどのように解決していこうとしているのでしょうか?

石川 何が正解かはわからない。それは健常者の場合も、同じことが言えます。例えばバイクは時速200km以上出せるのに、法定速度は100kmですよね。だからこそ僕は「意思」があればいい、と思っています。そこに同意した人は納得するでしょうから、まずは意思のある形にすることが大切です。

——また物理的な配慮だけでなく、人の理解も必要ですね。

横田 そうなんです。障害にはいろいろあるので、物理的配慮にも限界があります。さっきの石川さんの車椅子を手伝う話とも関連しますが、隙間を埋めるのは、周りにいる人間です。そのためには障害者についての知識をもつことが必要不可欠ですが、その部分が日本は弱い。だからこそ、物理的なものに頼ろうとしているのかもしれません。その隙間を埋める人間がなかなかいない。
石川 埋めるどころか、障害者の存在自体を否定するような人もいる。
横田 一方で「どうにかして役に立ちたい」と過度に手助けしてくれる人もいて、それも正直迷惑なこともあります。「ちょうどいい塩梅」というのは、自然に接することでしか養えないところがあるものです。勉強したからといって、習得できることではありません。だから交流が必要なのですが、そもそもそれができる場がない。障害者業界はすごく保守的で「知ってほしい」という熱量は強くあるものの、ユーザー側の立場で見ていないことがほとんどです。今回のキャンプ場も、健常者が自然と障害者に近づいてきてくれるような「価値づくり」が大切だと思っています。 ただ、あまり交流を望まない障害者やご家族にとっては、それが負担や苦痛につながることもあります。そこで利用時間や物理的な距離などを調整できる仕組みを設けることで、多くの方が自分にとって心地よい距離感を選べるようにしたいと考えています。

——具体的にはどういうことですか?

横田 スタッフのサービスも、自然な気配りとほどよい距離感を大切にし、ゲストが自分のペースで過ごせる「自由な快適さ」を提供します。さらに、「食べたい時に食べられる」「選べる食材がある」など、時間や選択肢の自由度を高め、柔軟なサービスを実現します。

——食事についてもう少し教えてください。

横田 キャンプ場は「自分で食事をつくる場所」というイメージがありますが、このキャンプ場では親などの支援者にもくつろいでもらいたいので、レストランをつくりますし、希望すれば個別ヴィラにシェフが来て、目の前で食事を仕上げてくれるようなサービスも視野に入れています。それはただ高級志向とかでなく、親がリラックスして楽しければ、それを感じた子どもも楽しい気持ちになれると思っているからです。もちろん、バーベキューを楽しみたい人のために、下ごしらえした食材を提供して、自分たちで調理できるオプションも用意します。やりたいことを選べる環境をつくることが大切です。

——横田さんの想いを実現させるために、設計の力が問われると思います。そもそも石川さんの考える「設計」とはどういうものでしょうか。

石川 僕が80年代に独立した当時、家具は若者が入り込む余地のない業界でした。家具は結婚する時に親が婚礼セットで買うものであり、20代の若者には「家具を買う」という概念自体がなかったんです。そんな中、20代でオリジナルの家具店を始め、そこから住宅や店舗の設計に至りました。

——となると、当時からすれば相当にチャレンジングなことだったんですね。

石川 僕がずっと大切にしてきたのは、既成概念を取り払うこと。その上で、どう暮らしたいか、どう生きたいかを主眼に置いた設計です。今回のキャンプ場も、障害者施設の既成概念を取り払って、何が気持ちいいのか、何が不便なのかを考えながら設計しています。そういう意味ではこれまでの集大成であり、私のキャリアの中でも最大のチャレンジと言えるかもしれません。

——設計にあたってのポイントは何ですか?

石川 最初、横田さんに言われたのは、障害者施設のイメージからくる「やさしい」とか「親しみやすい」とか「手をつなごう」みたいなデザインはダサい、ということでした。障害者の中にもパンクロックが好きな人もいるわけで、そういう人が「みんなで手をつなぎましょう」みたいなイメージに当てはまるわけがありません。健常者向けの施設と同じように、いろんなテイスト、いろんなデザインがあっていい。だからロゴなども障害者にとって何がいいかを考えずに、僕や横田さんが好きなデザインテイストでやればいいと思っています。そうして健常者が「すげーかっこいいキャンプ場ができた、行ってみようぜ!」と思わせられればいいだけの話です。デザイン上では、障害者用ということをまったく考えていません。

ルールやインフラの前に、
モラルとマナーを育む環境づくりの
きっかけになれば

——建物においてはいかがでしょう?

石川 先ほどの話にもあったように、どこまでつくるかなど「塩梅」の部分が出てきます。今はあらゆる施設でユニバーサルデザインを取り入れていますが、主語は健常者なんです。「障害者の人もここは通れますよ」 という感じで、付加要素として障害者用の設備がプラスされている。それはそれで悪いことではないのですが、ここでは逆で主語を障害者としています。そうなると真っ先に考えるのは動線のゆとりです。例えばわざわざ探さなくても、トイレのある場所には必ず障害者用トイレがあるように設計しています。追加設備ではなく、当たり前にあるという考え方です。

——まずは「障害者が主語」となる環境をつくるということですね。

石川 このキャンプ場は「障害者のディズニーランド」のような、毎年行きたくなるような施設を目指しています。キャンプで火をおこすことを楽しむ人もいれば、山を駆け登ることを楽しむ人もいるでしょう。重要なのは、具体的な「これをすると楽しい」という押し付けではなく、健常者に気兼ねなく過ごせる環境です。まずはストレスなく自然環境の中でキャンプ体験できる場を設け、そこから見えてくる課題や可能性を探る、実験的な事業でもあります。世界的に見ても、こういったキャンプ場は珍しいと思います。
横田 その「気兼ねなく」は「支援者を解放させたい」という想いにもつながります。障害者に関する番組などでは本人たちばかりがフォーカスされがちですが、実は支援者も大変な思いをしています。しかし、彼らへのフォローはあまりありません。支援者をしっかりサポートできることが、結果的に障害者本人のためにもなります。このキャンプ場では、障害者だけでなく支援者もくつろげることを考えています。

——石川さんはこのキャンプ場の革新性はどこにあると思われますか?

石川 通常、障害者向けの施設は健常者向け施設に追加する形でつくられますが、今回は最初から障害者が使える施設として、しかも日本のキャンプ場の中でもトップクラスのかっこいい施設を目指しています。すべての障害者のニーズを満たすことは難しいですが、「追加する」のではなく「主体が障害者」であり、かつそれが「ピンクや黄色の優しいデザイン」ではなく「かっこいい」ものになれば、人々の意識が変わるきっかけになると思います。
私はかつてアメリカの「スキルクラフト」というメーカーのボールペンや時計を輸入していましたが、これは障害者がつくる製品でした。しかし、それをアピールするのではなく、単純にかっこいい製品だったので購入していました。同様にこのキャンプ場も「障害者向けだから」ではなく 「かっこいいから行きたい」と思われるような場所にしたい。障害者と健常者が一緒に楽しめる場所を提供することが重要だと考えています。

——横田さんはこのプロジェクトが社会に与える影響についてどう考えていますか?

横田 現代社会では多くの不便が解消されていますが、障害者に関する理解はまだまだ進んでいません。障害者支援の業界の人々は何十年も前からこの「穴」を埋めようと努力していますが、なかなか進展していないのが実情です。このプロジェクトがその穴を少しでも埋めるきっかけになれば、歴史に残る事業になるかもしれません。この施設は、「障害者のための施設」という位置づけにとどまりません。障害者本人だけでなく、親などの支援者、さらには「支援者を支える」ことの大切さを知ってもらいたい、というコンセプトも含んでいます。さらに、地元の知的障害者にもスタッフとして働いてもらい、来場者だけでなく、世界中の障害者やその支援者の存在自体が憧れや励ましになり、直接的な喜びだけでなく、間接的にも意義がある場所を目指します。そのような革新的な施設で働くことで「人のために役立つ社会的意義の高い事業に関わっている」という満足感を得ることができるでしょう。

——このプロジェクトの本質はどこにあるとお考えですか?

石川 このキャンプ場は「至れり尽くせり」の施設ではなく、選択肢が残されている施設を目指しています。一般的には障害者はマイノリティであり、マジョリティからすれば不便はある程度は仕方のないことかもしれません。しかし、ここではそこを切り捨てるのではなく、できるだけストレスのない選択肢を提供することが重要と考えています。例えば、現在は車椅子の人を助けて怪我をさせてしまった場合、責任問題が生じ、専門資格がないと支援しにくい状況です。しかし、助けられる側にも自己責任的な部分がないと手助けするのは難しいと思います。ルールやインフラの前に、モラルとマナーが大切です。そういったモラルとマナーを育む環境づくりのきっかけになればと思っています。このプロジェクトは実験的な側面もあります。答えのないことに挑戦していますが、「障害者用だけど、かっこいい」キャンプ場ができることで、さまざまな良い影響が生まれることを期待しています。

——最後にこのキャンプ場は知的障害者向けとのことですが、身体障害者や一般の方への開放は考えていないのですか?

横田 障害者は身体・精神・知的と分かれていますが、私は知的障害者の中で生きてきたので、逆に身体障害者の方の困りごとなどがよくわかりません。ですから最初は知的障害者の方の困りごとに特化して対応し、徐々に他の障害や一般の方にも広げていきたいと考えています。