Volume.36 SPECIAL CONTENTS

ソトなるウチの家

INSIDE-OUTDOOR HOUSE

——“土に根をおろし、風とともに生きよう。
種とともに冬を越え、鳥とともに春を歌おう”。
どんなに恐ろしい武器を持っても、(中略)
土から離れては生きられないのよ——
映画『天空の城ラピュタ』の中で
主人公はこう話す。
どんなにテクノロジーが進化しても、
ひとには自然が不可欠なのだと。
コロナ禍で私たちは土や植物、
太陽や風に触れる大切さを知り、
家族のあり方や暮らしの本質について
考えるきっかけを与えられた。
価値観が変わりつつあるいま、これまで以上に
内外を包み込むおおらかな住まいが
求められている。
今回のテーマはソトであり
ウチのようでもある住まい。
これからの時代を豊かに暮らす
ヒントを探ります。

ソトなるウチの家

アーバン ナチュラリズム
URBAN NATURALISM

「3人の子どもたちは大きくなって、 巣立つまでの時間は残りわずか。 でも、限られた時間を最大限 豊かに楽しく過ごせる家がほしい」 という妻の望みに応えて 男は家をつくろうと決めた。 家の完成から2年が経った Kさん一家の、自然が身近な 都心の住まいと暮らし。

室外だけど室内のよう。
緑いっぱいのテラスは
みんなのお気に入り

ここで飲むビールはさぞかしおいしいに違いない。
ビールというのはもちろんモノのたとえであって、それはコーヒーでもいいし、あるいは木陰に置かれたアカプルコチェアでの読書でもいい。造り付けのベンチでのんびりと緑や空を眺めるのもよさそうだ。
……と、気持ちのいいシーンを次々に想像させるテラスは、すこやかに枝や茎を伸ばしながら表情も多彩な植栽に囲まれて、ここが都心の住宅街であることを忘れそうになる。
L字型につながるリビングとダイニングキッチン、その中央に位置するテラスは一体感が強い。窓を開け放てば、テラスはリビングにもなりダイニングにもなる。ソトでありながらウチでもあるこの空間は、Kさん一家のお気に入りだ。
Kさん夫妻が住まいづくりのパートナーに指名したのは、建築家の井上 洋介さん。住宅雑誌で目にした井上さんの作品、コンクリート打ち放し住宅のスタイリッシュさに惹かれたことがきっかけだった。

Kさんと井上さんの交流は家の完成後も続き、シーランチ・コンドミニアムなどアメリカの名建築を見る旅にも出かけた。 実はKさん、依頼前に「井上さんで大丈夫だと思う?」と奥様に念押しをしたという。「かみさんは『すごく相性がいいと思う。井上さん、ロマンチストだから』って。建築家としての思想がロマンチストで、僕らの想いやストーリーを大切にしてくれる人だってことがわかったんですね」 一方の井上さん。「依頼を受けたとき、これは大変な仕事になるだろうと思いました。逆に言うと、おもしろい仕事になるだろうって。そのとおりでしたね」

一方でKさんは、アメリカ発祥のミッドセンチュリーモダンと呼ばれる開放的な住空間にも魅力を感じていた。「一見すると結びつかないものを、どのように一つの建物内に入れるか」を井上さんは熟考したという。
Kさんは世界各地を旅して手に入れた数多くのアートやクラフト、家具を所有していて、しかもそのコレクションはモダンなものからプリミティブ、ジャンクにキュートに武骨なものまで実に多様なテイストだったことから、「それらを受け止めるにはコンクリートだけではドライかもしれない」と、鉄と木も併せて用いられることになった。

「特にキッチンとテラスが好きです」というのは娘さん。「テラスは一番リフレッシュできる場所かな。自分の部屋よりもここにいることが多いかも。コーヒーを飲んだり、リモートワークをしたり、みんなでいても距離感がいい感じです」

キッチンに立っていても、テラスにいる家族との会話はスムーズ。ダイニングとテラスの床はフラットに続き、ブラックスレートという天然石で統一されているため、空間の連続性が高まっている。

抜群の開放感と
心地よく閉じた空間と

「ハリボテはつくりたくなかった」という井上さん。コンクリート壁に、荷重を受けて支える鉄の梁と木の梁を入れ、それらを意匠としても表わした。その効果は絶大で、重厚さと同時に洗練された印象を生み出している。  また、「広いだけの開口部では間延びしてしまう。閉じることの良さもある」と井上さんが言うとおり、K邸は抜群の開放感をもちながら、コンクリートの壁に守られるような安心感、心地よく籠もれるスペースが並立。そのバランスが絶妙なのだ。
「自分の世界に入り込める“きゅっとした居場所”がたくさんあって」と奥様。「お互いの気配は感じるけれどプライベート感もあるので、家族みんなで“ステイホーム”していても、まったくストレスがありません。風の通り方や光の入り方、ライティングまできちんと考えられていて、光と影の加減もすごくきれいなんです」

キッチン窓下テラス側のカウンターには冷蔵庫やシンクが設置されていて、テラスでの飲食に便利。正面2階に見えるのは主寝室のベランダ。「ここから眺めるテラスもいいんですよ」と奥様。愛犬とゆっくりしたり、仕事をしたりすることもあるという。

「デザインの7、8割は機能的なところから。形で遊んだりデザインを見せるためじゃない。リビングとダイニングをゆるく仕切るテレビボードも『中にテレビを入れながら、きちんとテレビは隠したい』という要望を解くために、機能をデザインとともに消化していきました」と井上さん。ダイニング側は扉でテレビを隠せるようデザインされている。

住み手の感性や文化と
マッチすることで
家の完成度は高まる

Kさんは20代でアパレル会社を設立し、現在は食・住におよぶ幅広い事業を展開する経営者。その原点は、二十歳で旅した“憧れのアメリカ”にあったという。
「ロサンゼルスからサンフランシスコまで車で走った貧乏旅行でしたけど、そこで感じた物心両面のトータルな豊かさは想像以上でした。一人ひとりがそれぞれの価値観をもっていてクリエイティブで……」
当時から洋服は好きだった。だから、「ファッションでアメリカと日本とのギャップを埋めるのが自分の仕事だ」と帰国便の機内で決意を固め、起業した。「ただ洋服を売るだけじゃない。僕らは豊かなライフスタイルを創るんだ」という想いは今も変わらない。

田口音響研究所が製作した、世界に一つだけのオリジナルスピーカーで音楽を聴く。「ジャズのときは真ん中、ロックのときは音にハリが出るよう前方に」と置き場所にもこだわりが。

井上さんは、Kさんがどんな仕事をし、旅をし、経験をし、なにを見て感じてきたか……を徹底的に聞き取りながら、家に対する想いを丁寧にすくい取り、「住み手の世界観に建築はどう融合するか」を考え抜いた。だからこそ、「住む人間や物との一体感がある家」とKさんは満足しているのだ。
アウトドア派のKさんが希望したとおり、リビングにはバイオエタノール暖炉が設置されている。冬の気配が漂い始めると、いよいよ暖炉の出番。スイッチを入れ、リビングの照明を落とし、あえて窓を開け屋外の冷気に触れながら、ブランケットに包まれて揺らぐ炎を眺める。このとき、リビングとテラスに境界はない。リビングはウチでありながらソトになる。
「これはもうキャンプですね。デスクに齧りつくだけじゃクリエイティブは立ち上がってこないから、こういう贅沢な時間が欠かせないんです」

バスルームから眺める星空に
いやされる日々の幸せ

この家に住み始めた当初は深夜まで仕事に追われることが多く、帰宅後に30分ほど音楽を聴きながらクールダウンするのが日課だったというKさん。
「最近は年齢やキャリアのことも考えて、働き方が変わってきましたね。前より早く帰宅するようになったし、家で仕事をすることも増えました」
ワークスタイルの変化とともにバスタイムも変化した。
「朝と晩の2回入るようになりましたし、シャワーじゃなくお湯にゆっくり浸かるようになったんです。特に疲れた日は、浴室を暗くしてアロマキャンドルを焚いて、そのときの気分で好きな音楽を聴いて、香りと音でリラックスしています。夜は星も見えるから、つい長湯になりますね」
奥様もお風呂が大のお気に入り。「バスタブに浸かって見る外の感じ、緑とか空がね、いいんですよ」
青空や夜空、木々の緑。窓の外に広がる自然を享受しながら過ごす時間。その積み重ねが、日々の幸福感や充足感の増幅につながっている。

あらゆる窓辺から緑が見え、光が差し込むよう設計されている。しかも、開口部ごとに植栽のテーマがあって、たとえばテラスは爽やかな西海岸風、浴室はちょっと南国っぽく、という感じ。

井上さんはコンクリート壁の風合いにもこだわって、製材時の帯鋸(オビノコ)目を残したスギ挽板の型枠を、間隔を開けて張り、出目地を生かした。「人にはコントロールできない一つひとつ違った表情があって、壁が語りかけてくるようなニュアンスが生まれます」

トップライトから階段に降り注ぐ光と、そこに生まれる影に目を奪われる。「階段も居場所になるんですよね」と奥様。階段に座ってみたところ、たしかに想像以上の心地よさが。

好きな音楽を聴きながら
コレクションと過ごす
リラックスタイム

玄関を入った正面にはギャラリーが設けられている。
地下1階にあたるが、吹き抜けとドライエリアから降る光で地階にいる印象はない。地下2階の書斎兼ゲストルームにもドライエリアから光は落ちていく。
「ここで音楽を聴きながら、コレクションしたアートを眺める時間はすごく落ち着きます」
ギャラリースペースを区切ることで、二世帯住宅への改築も可能だという。「将来的にどんな対応ができるのか、打ち合わせはかなり密にやりました」と井上さん。水周りの増設やエレベーターの設置等々、拡張性も十分に考えた設計がされている。
ギャラリー奥の木製扉を開くと、広々としたガレージが。ガレージもまた、室内の延長として設計されているのだ。

階段ホールに並ぶ個性的な3つの照明は、「実はイームズのヴィンテージで、元は兵士が負傷したときの足の副え木なんです」。それを照明にしたKさんの発想とセンス! ダイニングのペンダントライトはフランスの建築家ベルトラン・バラスがデザインした“HERE COMES THE SUN”。幻想的な光が美しい。

ガレージはKさんの趣味の空間であり大きな宝箱だ。何気なく置かれているが、車、オートバイ、ヘルメットやウエアなどの小物まで、すべてがヴィンテージでファン垂涎の逸品ばかり。
週末は、ほぼ山か海で過ごすというKさん。ハイルーフの車やキャンピングカーもスムーズに出入りできるよう天井高2.7mを確保し、サーフボードやキャンプ道具などの収納スペースもたっぷり設けた。ちなみに、息子さんの友人はこのガレージを「男のロマンが詰まってる!」と大いに羨んだらしい。
それにしても、自分が好きなもの、情熱や愛情を注ぐ対象について語るとき、人はどうしてこんなにも幸せそうな表情になるのか。コレクションについて語るKさんの目は、まさに少年のようだ。

世界各国の、年代もカラーも異なるコレクションが飾られたギャラリー。季節の花や枝物を生けているのは、花が大好きだという奥様。実は玄関側の壁に扉が隠されていて、閉じればゲストルームに早変わりする。

たくさんの物が、どちらかといえば雑然と詰め込まれているのにかっこいいガレージ。こだわっていないものなどない、見る人が見れば驚愕するコレクション。「古いバイクって儀式とか乗り方がある。洋服屋の社長でこういうのに乗れるのは僕しかいない。それだけは自慢なの(笑)」

地下2階、地上2階のK邸。植栽の陰で道路からは見えないが、レンジフードや室外機など生活感がうかがえる部分までコンクリートで覆われている。浅間石を積み上げた壁はコンクリートとの対比も美しく、引き締まった印象を生んでいる。

100年経っても色あせない
時代を生き抜いてゆく
普遍的な家がいいなって

Kさん夫妻が初回の打ち合わせで井上さんに手渡した一枚のメモの「コンセプト」の項には、“100年経っても色あせない”とある。
「海外には、多くの時代を生き抜き竣工当時よりも価値の高まった建物がたくさん残っていて、感銘を受ける。そんな普遍的な家がいいなって思うから」  仕事柄、K邸には来客が多く、国内外のアーティストらも訪れる。
「この仕事をしている以上、家は僕の作品でもある。業界の友人たちは、よくあるアメリカンハウスを想像してやって来るけれど、“シックで大人なアメリカ”がきちんと収まっている我が家を見て、『おお!』と驚く。で、僕は『よしっ!!』って(笑)。この家は井上建築の最高傑作だと思っています。自画自賛ですけどね」と満足気に笑うKさん。
「家族5人が幸せに暮らせる家、というオーダーは曖昧でしょ。“家族の幸せってなんだろう?”を建築家と一緒に時間をかけて掘り下げることが大切ですよ」
家族にとっての幸せとは? いい家とは? 根源的な問いを自分に向けることは、きっと暮らしの彩度を上げることにつながってゆくはずだ。

建築家

井上 洋介氏

1966年東京生まれ。京都大学工学部建築学科卒業後、坂倉建築研究所入社。同研究所を退職し、2000年井上洋介建築研究所設立。スタイリッシュなコンクリート住宅を得意とするが、「きれい過ぎるコンクリートはどうも好きになれなくて」、経年変化して味わいが増すような、自然に近いコンクリート建築を模索し続けている。