Volume.37 SPECIAL CONTENTS

シコウノイエ

SENSE OF LIFETIME

#思考 #嗜好 #志向 #至高 #指向

揺るぎない理念によってつくられたモノは
時代を超えて常に新しい。

目で見る、手で触れる、香りを愉しむ……
五感を心地よく刺激する良いモノには
つくり手のメッセージが込められています。

数えきれないほどの情報が錯綜し、
価値観が多様化するいま
衣・食・住にまつわるモノやコトはもちろん
絵や音楽といった好みに至るまで
私たちはありとあらゆる選択を、
日々しています。
だからこそ自分なりの感性の
モノサシをもつ——

ここでフィーチャーするのは、
家具デザイナーの石川容平氏。
時代や流行に左右されることなく、
常に新しい感性を放つ作品と
そこに潜むデザイン哲学から、
自分にとっての「シコウ」を探り
住まいづくりのヒントを集めます。

シコウノイエ

「言うことが一貫していてぶれない」「忖度ということをしない」
身近なスタッフが語る人物像そのままに、 誰に対しても真っ直ぐな視線を向け、 どんな問いにも真剣に返答する。
表層を繕おうとしない人は清々しくて、なんだかかっこいい。

UNITED PACIFICS

デザイナー

石川 容平氏

PACIFIC FURNITURE SERVICE 並びにP.F.S. PARTS CENTERを展開する株式会社ユナイテッドパシフィックスの代表取締役、チーフデザイナー。独自のスタイルで家具から空間までを幅広くデザイン。趣味はバイクレース。

家具も住宅もホテルも
デザインしてる
だけど……

「デザイナーという肩書は本意じゃない」という言葉は予想外だった。
その人、石川容平さんはPACIFIC FURNITURE SERVICE(P.F.S.)の創設者。オリジナル家具の企画・製造・販売のほか、住宅や商業施設の空間設計も手掛けるP.F.S.は、インテリア雑誌やライフスタイル誌などにもしばしば登場する人気のショップでありブランドだ。
それらのデザインを一手に担う石川さんの名刺に「代表取締役」と「チーフデザイナー」が併記されているのは至極当然であり、鉛筆とレポートパッドを手にすると撮影中であっても瞬時にスケッチに没入する姿を目の当たりにすれば、デザイナーの肩書には何の疑問もないのだが……。
「ずっと〝家具屋の代表〟と言ってきたけど、ただ家具製造を受注しているだけで、デザインもしていると思ってもらえないので、デザイナーの肩書をつけるようになった」 続けざまに石川さんは言う。「というか、いまや家具のデザイナーはいないと思っているから」と。
「需要に対して、その時代の技術と素材のバランスをとりながら機能を形にするのがデザインの仕事だと思う。そういう意味で、今やっていることは過去の家具のデザインの編集、焼き直しみたいなもの。だから、家具についてはデザイナーという言葉はあまり適切ではないなと」

本当に気に入ったものを
大事に長く使うって
かっこいい

デザイナーという肩書はともかく、P.F.S.の家具が石川さんのアイデアやセンスから生まれているのは間違いない。
「流行りだからとか、売れそうだからつくろうと考えたことは一切ないです。流行やメディアに扇動されてコロコロ変わっていくって、心が貧しいんじゃないかと思う。うちの家具は、メンテナンスして100年200年と保つもの。本当に気に入ったものはずっと大事にしてもらえるし、そうすると長く使うことができる。必然的にエコでもあるし、そのほうがかっこいいでしょ」

オフィスの棚に並んだ数え切れないほどのファイルには、「実際に形になったものの100倍ぐらいは描いている」という膨大なスケッチが詰まっている。それらは、「会社を始めたとき、昨日まで世の中に存在していなかったものを生みだしているんだって自覚した。だから、これは長く世の中に残ってもいいものかどうか、考えに考えている」という言葉の裏付けだ。
「人に対しても物に対しても、まっすぐで正直」「嘘がないし、妥協しない。あと1㎜薄くしたら……とミリ単位でサンプルに手を加えていく。職人は泣いているかもしれませんが、でも実際にやってみると、トライしてよかったという結果になるんです」というスタッフたちの社長評からも、石川さんの真摯さがうかがえる。

住む人のことを
本当に考えた住宅デザインは
ほとんどないと思う

恵比寿駅から徒歩5分のショップは、オリジナル家具や厳選された輸入雑貨がゆったりとレイアウトされた気持ちのいい空間。
ソファもベッドも椅子もテーブルも、実際に座り、横になり、触れてみなければわからないことは多い。自ずと店内の滞在時間は長くなる。ときには、閉店後まで相談に応じるケースもあるという。
「もちろん売り上げは大事。でも、ただ買ってもらえばいいわけじゃない。うちの店で何か発見して帰ってもらえれば成功。うちの家具を買うよりも別の物が自分には合っているんだ、と思ってもらうのも成功」と石川さんはスタッフに伝えている。
ちなみに、スタッフに相談の末、自身の嗜好や本当にほしい物に気づき、P.F.S. PARTS CENTERで素材をセレクトし、DIYで家具をつくるという人も珍しくないそうだ。

家具については「過去のデザインの編集」が持論だが、「住宅に関してはまだまだ」と石川さん。
「住む人のことを本当に考えたデザインはほとんどない。玄関がない家って見たことないでしょ。ということは、まだまだ住宅はデザインされてないってこと」  住まいのデザインで重視しているのは、「方位、風の流れ、日の入り方、つまり機能です。暮らす人にとっての機能から出発して、配置や動線をデザインしていく。みんな収納で隠そうとするけど、毎日使うものなら機能を考えたほうがいい。生活感を隠したいのは、自分の生活がかっこ悪くて人に見せたくないってことでしょ。でも、生活がかっこいい人は、生活感を出していいんですよ」

もちろん、玄関や収納が不要だということではない。ただ、たとえばサーフィンを楽しむ人なら入り口にバスルームがあってもいいのではないか。土に親しむ生活なら入り口は土間のほうが便利なこともあるだろう。リビングに物があるとくつろげないという人はもちろん隠すのもあり、ならば物の配置をしっかり考えよう。つまり、玄関があって廊下があってリビングがあって……という既成概念にとらわれず、暮らし手自身の快適さや自由度やかっこよさをつくりましょう、という提案であり発信なのだ。
「だってさ、生活感を隠してイタリアの高級ソファを入れるって、かっこ悪いじゃん?」と言われて思わず苦笑した。たしかに、他人基準のかっこよさに惑わされるのは終わりにしたい。

傲慢になりたくない
だから心臓バクバクの
緊張感へ飛び込んでいく

ショップに程近いオフィスの1階は、製品の加工などができるスペースで、倉庫のようでもありアトリエのようでもある。製品や機材が無造作に積まれた雑多な空間。なのに、どこを切り取っても絵になっている。
ここには数台のレース用バイクも置かれている。バイクレースは石川さんの趣味で、その影響を受けたスタッフとチームを編成したそうだ。  高校時代にバイクに乗り始めたとはいえ、その後のブランクは長く、熱心なバイカーだったわけでもない。レースへの参加を決めたのも50歳を過ぎてからだという。一体なぜ?

「50にもなると怖いものがなくなるし、社長って会社の一番上にいるから、気づかないうちに傲慢になりやすい。だから自分に甘くないことをしたかった。たまには退路のない緊張感を経験しないと、判断力が鈍りそうでまずいなと。で、レースを始めてみたら周りは自分より若い人ばかりでエネルギーがあって、ああ、これだ、これが人を成長させるんだ、ヤバいぞっ!て。心臓バクバクで逃げたくなるけどね(笑)」
あるスタッフは、石川さんを「謙虚な人」と言った。「どんなに製品が売れても調子に乗らない」と。
豊富なキャリアをもつことやトップにいることの、ある種の危うさに自覚的であり続けることはそう簡単ではない。「謙虚」は生来の資質かもしれないが、あえて「自分に甘くないこと」を課す人だからこそ強固になる素養でもあるのだろう。

バブルの浮遊感をよそに
木工機を入手して
小さな工場から出発した

幼い頃から絵や工作を評価され、それが得意なのだと自認するのは早かった。大学で学んだのはプロダクトデザイン。なるほど一直線に家具づくりの道へ、と思いきや、「なりたかったのは映画監督」だという。
ジム・ジャームッシュやヴィム・ヴェンダースが好き。だが、よくよく考えてみると脚本や演技に興味はない。では彼らの映画の何が好きなのか? 答えはインテリアやロケーションだった。鮮烈な印象を受けたのは「あのシーンのインテリア」であり「背景に映った建物のロゴと植物の配置のかっこ良さ」だった。
結局、大学卒業後は映像制作会社に入社し、CM撮影のクルーとなるも1カ月で退職。営業担当が放つ「なんか違うんだよねー」の一言でクリエイティブ部門が翻弄される世界に、「オレ、ここはダメだ」と悟ったから。その後、いくつかのアルバイトを経て、家具の輸入販売を手掛ける会社に入社。独立したのは4年後のこと。当時はバブル景気の只中。土地だ株だと浮足立つ人々を尻目に、設立資金で木工機を購入し、材料を仕入れ、家具工場は稼働。こうしてP.F.S.は誕生した。

なぜ人は戦争するのか。
モダンデザインが
ひとつの回答になると思った

「中学生の終わりからずっと考えていることがあって。人はなんで戦争するのかってことです」  根源にあり続けるその問いが、実は家具づくりに深く結びついていた。 「たどり着いた答えは、一つの価値観で動く世の中は危険だってこと。つまり、権威主義とか全体主義に問題がある、価値観も生き方も多様なほうがいい、自分の価値観をもつことがポピュラーになれば戦争は起きないんだ、と。そこでモダンデザインが一つの回答になると思った。バウハウスやロシア・アヴァンギャルド云々のモダンデザインという概念の学術的な定義は別にして、僕自身の定義は、権威ではないデザイン、既成の価値観から自由になるための、使う人のためのデザインだということ。僕は家具が好きで、でも自分がほしい家具は売っていなかったから、それをつくり『こういうのもいいよね』と発表していって、いろんな価値観の人が出てきたらいいなと思った」
設立当初、若い同世代に買ってもらえるテーブルをつくろうとした。だが、無垢材は高い。考えたのは床用端材を活用すること。木片を寄せ集めたフローリング材なら無垢でも安く、味わいもある。斬新な発想に眉をひそめる既存メーカーもあったが、それまでにない家具を創り出すP.F.S.の人気は高まっていった。

簡単便利は楽しくない
ヘトヘトに疲れて
ぐっすり眠るのがいい

設立から33年。P.F.S.は多くの支持を得たものの、「そこそこ有名になってブームが起きて、コピー商品もたくさん出回った。既存のスタイルからの解放を謳っているウチが、一つのスタイルになってしまう」というジレンマもある。だが、「ブームは去るものだから、あまり気にしないけど」と言い、「まだまだデザインされていない住宅のことをやっていきたい」と先を見据える。
「マンションの間取りにしてもみんな同じ、なぜ全く違うものがないのか。世の中はまだ権威主義的なものにとらわれているってことです」
複数の案件を抱え、常に多忙な石川さんだが、「すごく疲れて、大変、しんどい、ぐっすり眠る。それが僕には心地いい」という。

「すべての人は生きるために何かを消費していて、その分、何かを生産しなきゃいけないし、生産活動に従事したほうが幸福感を味わえると思う。僕にとっての幸福は何かと考えたら、他人の笑顔なんだよね。自分がものすごい金持ちになって何でもできるようになったとしても、周りが大変だったら幸せじゃないと思う。だから、人が生産してくれたものを消費し、人のための生産活動をして、ヘトヘトに疲れて、ぐっすり眠る。それを続けるための気力体力を、運動や音楽で養いながら」
「簡単、便利、楽チンなんて、ちっとも楽しくないじゃん」と笑って次の打ち合わせに向かう姿は颯爽として、P.F.S.が標榜する「かっこいい人がいるから、かっこいい生活がある」「かっこいい家具より、かっこいい生活」というメッセージが頭をよぎった。