Volume.41 SPECIAL CONTENTS

家の中でキャンプ

Wood stove life

#薪ストーブ #土間 #信州ライフ

寒い季節が長い信州、
なにで暖をとるかは重要だ——。
昨今のエネルギー高騰や、
災害時のインフラとして
いま注目されているのが薪ストーブ。
手間ヒマかけて大量の薪を用意したり、
メンテナンスも必要なのに、なぜ?
炎の揺らぎに癒される、
直火で料理がおいしくなる
身体の芯から暖まる、などいろいろあるけれど
最大の魅力は、
「家の中で焚き火ができること」
なのかもしれません。
今回は、世界で活躍するクリエイティブ集団
「WOW」のプライベート施設を訪ねました。
ここで過ごす豊かでリラクシーな時間を通して
炎のある暮らしの魅力をお伝えします。

家の中でキャンプ

WOW CAMP

東京・仙台・ロンドン・サンフランシスコに拠点を置く ビジュアルデザインスタジオWOW。映像のみならず、空間、アート、プロダクト等々の 幅広い領域で独自の表現を続け、 国内外の多様なクライアントからの信頼も厚い クリエイター集団だ。そのWOWが 八ヶ岳山麓に保養所としてのキャンプ場を構えたという。標高1300mの冷涼な林野の中、1500坪という広大な土地に拓かれたWOW CAMPとは?

WOW

Executive Vice President Chief Creative Director

於保 浩介さん

ビジュアルデザインスタジオWOWのエグゼクティブ ヴァイス プレジデント、チーフ クリエイティブ ディレクター。福岡県出身。多摩美術大学卒業後、大手広告代理店勤務を経てWOWに合流し、飛躍的な成長に寄与。キャンプのほかフライフィッシング、ゴルフ、サウナなども嗜む。

キャンプ場という
自分たちの場所をつくりたくて

晴れ渡る空の下、視界いっぱいに広がる高原野菜畑の中を、突っ切るように八ヶ岳へと延びている国道の脇。細い砂利道を数十メートル進んだ林の中にWOW CAMPはある。「そろそろうちも保養所をつくろうよ、と社長に言ったんです。まあそれは口実で、僕がキャンプ場をつくりたかったんですけどね」と笑うのは於保浩介さん。20年以上前から全国各地でキャンプを楽しんできたそうだが、キャンプ人口の増加に伴ってここ10年ほどはなにかと煩わしさを感じるようになったという。快適なはずのキャンプでストレスが溜まるとは由々しき事態。次第に「自分たちだけの場所、基地みたいなものをつくりたい」と思うようになった。

緑を背景に
薪ストーブの炎はゆらめき
風が通り抜ける

於保さんのキャンプ場構想には「人がいない1000坪以上の広い広い土地」の入手が不可欠だった。各地を探してようやく出合えたのが、背の高い針葉樹に囲まれて人工物が視界に入らないこの場所だ。敷地のほぼ中央を切り拓いて完成したのは、東西に長い20坪弱の、於保さん曰く「小屋みたいな建物」で、開口部の横幅は7.5mと規格外。その桁外れの引き戸を開け放つと、驚くほどの開放感が得られてなんとも爽快だ。建物の詳細までイメージして於保さんがスケッチを描き、それをもとに友人の建築家が設計を担当。「両壁ともに柱を飛ばして開口部を広くしたい。それは絶対に譲れない」という難度の高いこだわりは、自由度の高い空間が可能で耐震性能に優れたSE構法を採用し、基礎を深く、梁に極太の特注部材を用いるなどしてクリアした。 薪ストーブは2台設置されていて、1台はキッチンスペースの壁際に。もう1台は「火を囲めるように」と、あえて開口部に置かれている。たしかに、ストーブとその炎の背景に季節感が移ろう眺めは魅力的。3面ガラス張りでモダンな佇まいの薪ストーブはノルウェーのJOTUL。火がつきやすくパワーもあって機能的だそう。「やっぱり薪ストーブはいいですよね。家の中で焚き火をしているようなものですし、ずっと見ていても飽きないし楽しいです。ちょっと手間はかかりますが、そこがまたいい。ここに来た人はみんな興味津々で、火をつけると大いに盛り上がるし喜ばれます。薪ストーブ、めっちゃヒキがありますよ(笑)」

テント泊、伐採、観察……
2年間の助走期間で
見えてきたこと

土地の購入から約2年間は仕事の合間を縫って東京から車を走らせ、テント泊の傍ら伐倒と開拓に励んだ。20m超もある高木の伐採は素人の手に負えるものではないが、なんと「きこりになった美大の同級生がいて」、サポートを受けながら100本近いマツを切り倒したという。テント泊を続けたのは、「実際に過ごしてみないとわからないこと」があるから。「小屋を建てるならこのあたりだとか、日の入り方を見て開口部を決めるとか、風向きを見たりとか」のリサーチを折々に繰り返しつつ、キャンプ本来の楽しさを改めて体感。その過程で建物のイメージを固めることができて、高い天井と大開口部、開口部に連なる二つの広いウッドデッキ、靴のまま出入りできる土間のようにタフなモルタルの床を備えた「あくまでも外にいるような、頑丈なタープみたいな小屋」が完成した。

「ここは空気がおいしい」と目を細めつつ「だから禁煙してたのにタバコもうまくて」と笑う。日中は鳥や虫の声に耳をすませているが「夜は一人だと怖いぐらい静かなので音楽がほしくなる」とBang&Olufsenのスピーカーを愛用。「音楽は雑食です」とのこと。

優に20以上はあるランタンをはじめMountain Researchの製品があちこちに。於保さんが以前から敬愛するファッションデザイナーの小林節正さんが主宰するブランドの一つで、小林さんは山野を開墾して自身の基地をつくり上げた先達でもある。

異なる視点を得て
気づくことは多い
だから“便利すぎない”が肝心

ここに通い始めてからの変化や影響について尋ねると、「いろいろありますが、僕が一番良いと思っているのは、違う視点がもてるってことです」。何事においても至便で高効率な東京は、けれどストレスも多い。一方ここは誰にも気兼ねない環境だが、なにかと手がかかる。「不便な中に自分を置いてみると、便利で快適な都会のありがたさがわかる。二つの視点があるから双方の良さに気づけるし、どちらも楽しめる。だから、ここは便利にしすぎちゃだめなんです」美大卒業後、大手広告代理店を経てWOWにジョインし、社長の高橋裕士さんらと共に、CG映像制作が中心だったWOWの表現領域を拡張、企画・制作・販売までトータルに手掛ける稀有なスタジオに成長させた於保さん。美大受験を前に「自分にアーティストは無理、めざすならクリエイティブをディレクションする側だと悟った」というからその萌芽は早く、そもそも客観的で俯瞰的な眼差しの持ち主なのだろうし、そこに複眼的な思考がプラスされたというわけだ。

月に2回、できれば2泊、最低でも1泊はできるようスケジュールを擦り合わせている於保さん。到着後は敷地内を見回ってから、野放図に育った草を刈る。以前は手に持つタイプの草刈り機を使用していたが、なにしろこの広さ。「あまりにもしんどすぎる」と乗用草刈機を購入した。「これが来たときは本当にうれしくて、車を買ったときよりも興奮しましたよ」と無邪気な笑顔を見せる。ストーブ用の薪づくりも不可欠な作業だ。チェーンソーや鉈の扱いはすっかり手慣れたもので、伐採済みの木を切断する玉切り作業も安定感があって素早く、切り口は美しい。道具のメンテナンスや刃の目立ても自身で行っているという。「ここには一人で来ることが多いですね。気楽だし、なにより仕事に没頭できるんで」というその「仕事」とは、前述のような“管理業務”を指す。「この状態を維持するのはなかなか大変です。でも、嫌いじゃないんですよね」

シルバーのシャープな物置はオーストラリアのメーカーABSCOが手掛け、ドイツのTUV認証(国際的な第三者機関)をクリアして欧州各国に普及しているものだそう。中には木の梁が渡されていて雪仕様になっている。

自分たちで伐倒した木を自分たちで玄関前のアプローチに。穴を掘り、丸太にした木を埋め、砂利を敷き詰めてレベルを合わせていく作業はなかなかの重労働だった。

デジタルから離れ
野生に触れて
研ぎ澄まされていくもの

「ビールを飲んでタバコを吸いながら、あそこに大きな木がほしいな、なんて考えるのがいいんですよね。どの季節もどの時間帯も好きですが、特に春の芽吹きは気分があがるし、秋の焚き火は最高です。朝日が差し込んで鳥の声がにぎやかな時間帯もいいもんです。夜は怖いくらいの静寂で、わずかなノイズにも敏感になります。本当に真っ暗で、それだけに月の明るさにも気づくことができて……」デジタルの対極にある滞在で得られる感覚や刺激は、「確実にモチベーションになっています」。

鉄製の焚き火台はオーダーメイド。友人が焚き火台をつくっていると知った於保さん。実物を見て「すごくいいじゃん。これ欲しい!」と製造を依頼。周囲に小さな換気口があって「めっちゃ燃えるし炎もよく見えます」。

「テーブルがちょっとさみしいので」と、料理の合間を縫って小さな木の枝や葉を摘み取り、さっとテーブルセッティングを完成させたのは、food creationを主宰するフードアーティストの諏訪綾子さん。

“キャンプ接待”という
フランクで新鮮な交流に
リピーター続出

WOWのスタッフや家族が滞在するだけでなく、仕事関係者や親しいクライアントをここに招くこともある。「社長はキャンプをするタイプではないですが“キャンプ接待”はけっこう気に入っているようです。興味がありそうなクライアントに『うちのキャンプ場に行きませんか?』と言うと、必ず『うちのキャンプ場ってなに?』となる。かなりキャッチーでしょ。便利さと不便さのバランスがいいのか、リピーターになる人もけっこう多くて。キャンプの延長線上にあるけれどそれなりに居心地は良くて、室内の安心感はありながら外にいるような感覚がいいみたいです」正午近くに到着したゲストも、3年ぶり2度目の来訪だそう。山梨からやって来たのは、“フードクリエイション”のお二人、フードアーティストの諏訪綾子さんと、森林料理研究家でもある古井真也さんだ。

キッチンに設置されている薪ストーブは、ヒーターとクッキングオーブンを組み合わせたベーカーズオーブンだ。着火に少々コツが必要だというこのストーブに於保さんが火を熾す。本日のシェフである古井さんと諏訪さんの進捗にあわせてストーブの温度を調整しつつ、食器やカトラリーを準備したり、薪で汚れた床を小箒でさっと掃いたりする仕草は堂に入っているが、意外にも「ほとんど料理はしない」そう。しかし、「前にご一緒したワークショップでは、みんなで料理しましたよね」と諏訪さん。古井さんも「前回はここで炭火を熾して七輪で焼き鳥を焼いてくれましたよ」とのこと。於保さん、できる人らしい。でも「一人のときはキャンプ用のバーナーで肉を焼くぐらい」な、ゆるく気ままな過ごし方もまたキャンプの醍醐味なのだ。

キッチンの薪ストーブはオーストラリアのNectreでベーカーズオーブンと呼ばれるタイプ。上段に薪を焚べ、下段はオーブン、天板で調理も可能。「火をつけるのは少し難しいですが、見た目で入れました。ちょっとクラシックで可愛いなと」。ちなみに電気はあるがガスはなく、水はミネラル豊富な井戸水を利用。

自由な空間と時間を
心ゆくまで共有しあう
歓びと愉しさと

「別荘ではなく、あくまでキャンプ」ということで、ここに置かれているものは基本的にキャンプ道具だ。照明はあるが、大抵はその日の気分にあわせて選んだランタンを灯し、薄明かりで過ごす。建物両端の屋根裏にある就寝スペースでは、誰もがシュラフにくるまって眠る。 「僕が気持ち良いとか使いたいと思えることを最優先した」結果、キャンプ場で見かけるような奇抜なデザインやカラーは存在せず、テーブルや椅子も含めて木、鉄、革などの天然素材が中心となった。於保さん厳選のアウトドアグッズやキッチンウエアはデザイン・機能ともに優秀で、それを見て、使って、気に入って、同じものを購入する人も珍しくないそうだ。薪ストーブから取り出された料理に夢中になっていると、プロダクトデザイナーの酒井俊彦さんが遅れて到着した。やはり2度目の来訪だそうで、あっという間に輪の中に溶け込んでいく。そもそもの関係性もあるだろうが、全員がリラックスして自由な空間と時間を気持ち良く共有していることがわかる。「ここで親交が深まっているという実感はたしかにありますね。東京で飲むのとは違う距離感があって、ちょっと突っ込んだ深い話になりやすいかな」インドア派を自認しながら何度もやって来る人、「東京では考えられないほど熟睡できてうれしい」と度々足を運ぶ人もいるという。自然のエネルギーや建物の開放感など場がもつ魅力も大きいだろうが、大仰でもなく粗野でもなくラフでさりげない於保さんのホスピタリティーも、リピーターを生む一因ではないだろうか。

food creationのプロジェクトマネージャー古井真也さん。東京から山梨へのアトリエ移転後は森林料理研究家としても活動。「薪ストーブのオーブンで大きな肉をドカンと焼くのがいいんですよね」

さて、これからのWOW CAMPのこと。まず、「友だちを巻き込みながら自分たちでサウナ小屋をつくる」という計画が進行中だそう。さらに、テントが張れるスペースを残しながら木を増やしていく構想も。この地に自生するシラカバなどを植林し、針葉樹林を広葉樹の森へと変化させたいのだという。「ここは年々変わっていく、ずっと未完の場所です。完成しちゃうと、なんだかつまらないでしょ」その思考は、「良い意味でクライアントを裏切りたいんです。言われたことだけで満足なんてできないし、案件の大小に関わらず要望には120%で応えたい。意外性のあるほうが絶対おもしろいし、僕らはもっと変化したいし、進化したい。いろんな挑戦ができると考えています」というWOWの姿勢にも通底しているのではないか。世界的なクリエイティブスタジオの、永遠に未完のキャンプ場の変容に、部外者ながらワクワクしてしまう。