Volume.42 SPECIAL CONTENTS

人と家をつなぐもの

TOOLS FOR LIFE.

#家具 #器 #暮らしの道具

家という建物を考えることは、
もちろん住まいづくりの
大前提ではあるけれど
建物だけで私たちの暮らしは成り立ちません。
たとえば、なにもない無機質な
部屋にポンッと放り込まれても
人は快適とは感じられないでしょう。
今回はプロダクトデザインを
中心に幅広く活動されている
松岡智之さんと宇南山加子さんの
自邸兼ギャラリーを訪ねました。
人と家とをやさしくつなぐ家具や暮らしの
道具たちに心地よい暮らしのヒントが
隠されています。

人と家をつなぐもの

“一目惚れ”から始まった
二人のデザイナーの
浅間山麓移住と開拓と

「カラッとした空気と浅間サンラインの美しい景色に一目惚れしたんです」 東京からの移住先として御代田町を意識したきっかけを、宇南山加子さんはそう振り返る。ジャンルは異なるが、共にデザイナーとして活躍する宇南山さんと松岡智之さん。「息子が成人したら、海も山もある自然豊かな土地へ……」という漠然とした思いはあったが、たまたま信州に出張した宇南山さんの「一目惚れ」から土地探しは加速。「海こそないものの、ここがいい!」と二人が直感したのは、標高1000メートル、浅間山を背にした800坪の土地だった。  東京と御代田を行き来しつつ、二人揃ってユンボの免許を取得して長年放置されていたカラマツ林を開拓し、仲間たちの協力も得ながら作業に没頭した経緯は、二人のSNSに詳しい。 そして2023年1月、二人の住居とギャラリーは竣工した。

TOMOYUKI MATSUOKA DESIGN

松岡 智之さん

プロダクトデザイナー。千葉大学工学部工業意匠学科卒業後、(株)GK設計入社。デンマーク王立芸術アカデミーデザイン科留学後、TOMOYUKI MATSUOKA DESIGNを設立し、家具・プロダクトデザインを中心に国内外のクライアントと商品開発に取り組む。

SAMNICON/SyuRo

宇南山 加子さん

デザイナー。女子美術短大生活デザイン科卒業後、照明メーカー勤務。退社後は挿花家・谷匡子氏に師事。1999年デザイン会社SyuRo設立。2006年にSyuRoブランドを立ち上げ、2008年生活用品のセレクトショップSyuRoを台東区に、23年5月にはギャラリーSAMNICONを御代田町にオープン。生活用品を中心にしたデザイン、インテリアスタイリスト、空間プロデュースなど幅広く活動中。

細部に至る緻密なプランで
可変、多様、ストレスフリーな
大空間が誕生

松岡さんデザインの家具や宇南山さんセレクトの生活日用品がすっと馴染む住空間は、2年がかりでプランが練られた。1階は一つの大空間で、必要に応じてカーテンで仕切るスタイル。松岡さん曰く「襖や障子で区切られ、外すと大広間になる、昔の日本のマルチな手法」に倣ったもの。さらに「農家の勝手口や土間のよう」に玄関脇に靴のまま出入りできるパントリーを配して、キッチンへの動線もスムーズだ。1階奥はカーテンを閉めれば寝室に、全開にしてテーブルやソファを置けば広々したおもてなし空間に。たった1枚のカーテンで、空間のキャパシティは何倍にも広がって多様になる。光の取り入れ方も熟考されて、寝室と浴室には朝日が差し込み、「光を浴びて料理するのは気持ちいい」とキッチン上部には天窓を設置。照明の種類や配置、スイッチの見え方、扉の高さ、巾木の有無など細部まで綿密にデザインされて、ストレスとは無縁のリラックス空間となっている。

どんなものでも「五感に響くような気持ち良さを大切にしたい」と宇南山さん。「北欧のデザインも、日本の職人技も侘び寂びもマイナスの美意識も好き。ロイヤルコペンハーゲンが古伊万里の影響を受けたように、刺激し合い高め合えたらいいなと思います」

松岡さんデザインのテーブルと椅子も、宇南山さんデザインのトレイも、シンプルでモダンだが、触れたくなる柔らかさやあたたかみがある。宇南山さんが所有する食器はかなり多いが「大事なのは、持ち物を把握し、生活感があるものは隠せる場所をつくること!」。

シンプルでモダン。
デザインが立ち過ぎない
静かな存在感を放つ家具

環境デザインを手掛けていた松岡さんは、30代を目前にデンマークに留学し、家具デザインを学んだ。2年間の留学中は、「授業以上にデンマーク人の暮らしに影響を受けた」という。DIY好きで自分の工具箱をもつ人が多く、大抵のものは修理をして使い、家のしつらえを大切にして「この椅子は祖母から受け継いで……」などインテリアの来歴を語り合う。シンプルでモダンな北欧家具のみならず、その住空間や暮らし方に魅了された。 ある専門誌のインタビューで「家具には機能だけではない情緒的な何かが必要」と語っていた松岡さん。「機能的には不要でも、家具にはちょっとした無駄なラインが必要で、それがフィジカル・メンタル両方の心地良さにつながると思うんです」という言葉どおり、その椅子やソファはさりげなく見えて、けれど「触れてみたい、座ってみたい」と思える存在感や吸引力のようなものがある。もちろん、実際の座り心地も文句なしに快適だ。

自分なりの心地良さを
丁寧に紐解きながら
“好き”を磨けばいい

住まいのプランニングで重視していたことを尋ねてみると、「自分たちが暮らすうえで心地良いことは何かを考え、一つずつ紐解いていきました」と宇南山さん。「そこで必要なのは、好きか嫌いかを判断することと、その理由を考えること。たとえば家具を選ぶとき、この椅子が好きかどうかジャッジして、好きだと思ったら、どこが好き? 形? 素材? 色? 質感? と考えることが大切だと思うんです」。松岡さんも「周囲の評価ではなく、自分はこれが好きだという視点や基準をもてるといいですよね」と頷く。たしかに、何が好きなのかが曖昧なままでは、自分にとっての快適な生活を明確にすることも、本当に必要なものを選択することも難しいだろう。学生時代から、自身の「好き」と「その理由」を自らに問い続けてきた宇南山さん。光に惹かれて照明メーカーに勤務したのも、挿花家への師事も、空間プロデュースも、生活日用品のデザインも日本が誇る技術の国内外への発信や技術継承への尽力など多彩な活動も、「自分の中の“好き”の太い幹」につながっていて、矛盾がない。「なぜ好きなのかを自問すること」、心に留めておきたい。

互いの好き・嫌いを改めて確認しつつ「なるべくディテールを深く検討することでスッキリと見えるように」と細部にこだわった。2階のゲストルームは和室で、階下から漏れる光が間接照明のように美しい。住宅の冷暖房は大空間に適したPSを採用。

「屋根のかかった半屋外空間を」と住宅とギャラリーの間に設けられたポーチは、想像以上の使い勝手。夏は風通しの良い日陰スペースになるため快適で、食事もここで。宇南山さんは「お天気次第で気持ちの良い場所を転々としながら仕事してます」。

あくまでも自分たちらしく
自然と共存する
持続可能な暮らしを志向

「30年後は雑木の森に」と思い描き、ブナ、アオダモ、カツラ、ハルニレ、ヨーロピアンオーク等々の木々やハーブを植えた。住宅には太陽光パネル、ギャラリーには薪ストーブを設置し、バイオジオフィルターによる循環システムのための川や池を造作して、野菜づくりもスタート。「先端技術なども活用しながら、自分たちらしいパーマカルチャー的な暮らしにトライ中」だそう。 「挑戦し失敗し、修正してまた挑戦して……のプロセスと体験そのものが楽しいです」。松岡さんの柔和な笑顔からも、日々の充実ぶりがうかがえる。

松岡さんがデザインした家具を中心に、宇南山さんがスタイリングしたギャラリーは午後の日差しを計算して設計。県外や海外からの来訪者も珍しくなく、特に建築関係者が多いという。正面2階は松岡さんの事務所。右手に設置されたキッチンを生かしたおもてなしなども。

この土地で伐採されたカラマツはギャラリーの薪ストーブに用いるだけでなく、天日干し・製材・塗装をし、外壁、軒天、テラス、什器、キッチン扉などに有効使用。ちなみに、ギャラリー、住居ともに扉やサッシはデザイン性・断熱性に優れたデンマーク製。

静謐で清澄な空間に
五感を刺激される
ひととき

禅に由来する“作務”と“而今”から命名されたギャラリーSAMNICON(サムニコン)は、茶室のにじり口を思わせる仄暗いアプローチと、その先に広がる開放感のギャップが印象的。南西側の開口部が切り取る四季折々の光景や、刻々と変化する光とその陰影のコントラストを眺めていると、「清らかな場所に置かれているような気持ちになるんです」とつぶやいた松岡さんの言葉に得心がいく。「五感を刺激してくれる自然豊かなこの場所が、来てくださった方にとって何らかのきっかけになったり、新たな視点を生むことになったらいいなと思います」と宇南山さんも穏やかに微笑む。二人の中では、「ゆくゆくは御代田周辺で、宿泊施設でのおもてなしを」という思いが醸成されつつあるそうだ。インテリア、生活用品、料理に器、建築、自然との共存、ホスピタリティ……。その先に、居心地の良いホテルが存在するのはごく自然なことに思える。大いに期待したい。