Volume.44 SPECIAL CONTENTS

継がれる家

The Permanent

軽井沢の森に佇む由緒ある建物。
フランク・ロイド・ライトの
弟子が手がけたこの建物は
取り壊し寸前に救済され
約5年のリノベーションを経て復活しました。
時代の遺産を安易に取り壊すのではなく
いい物を長く愛用する欧米のように
良質な建物をつくることが未来の財産につながります。
スクラップ&ビルドが通例であったかつての日本から、
成熟したサステナブル住宅先進国へ——。
環境に配慮し、持続可能を重視した
住まいづくりの提案です。

継がれる家

壊すのはもったいない
この家には後世に残すべき
価値があると信じて

ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエと共に「近代建築の三大巨匠」と呼ばれる、フランク・ロイド・ライト。その弟子である建築家・星島光平氏が設計した建物が、軽井沢に残されている。建てられたのは1966年。半世紀以上の時を宿し、古いものだけがもつある種の美や風格を漂わせている。

RK DESIGN

小板橋 龍さん

空間クリエイター。RK DESIGN代表。軽井沢RUSTIC WEDDINGを立ち上げ、その後、RK GARDENなど10店舗の飲食店経営及びデザインも手掛ける。そこに暮らす人、それを使う人、そこに関わるすべての人たちが、より豊かで快適に過ごせることを追求し、末永く愛されるものをつくることが自身のテーマ。

この家は、空間クリエイター・小板橋龍さんの自邸。数々の別荘や店舗の空間デザイン・現場施工を手がけ、2018年度、2022年度と二度にわたり空間デザインで「グッドデザイン賞」を受賞した手腕を発揮し、2023年に復元したものだ。この物件と小板橋さんとの出会いは、運命的だった。「元は、某実業家のセカンドハウスだったんです。それを取り壊して更地にしようという寸前で、待ったをかけたのが僕でした。すでに解体業者とも契約済みでしたが、間一髪で譲り受けることができました」。軽井沢で不動産業に携わって20年。多くの家を見てきた小板橋さんがときめきを感じた物件の一つだったそうで、「即買いでした。ずっと憧れていたので、僕にとっては夢のようでしたよ」。

しかし当時の家は老朽化が進み、取り壊しもやむを得ない状態。それでも手に入れたいと思ったのは、なぜか——。日本の木造住宅の寿命は、わずか30年ほど。小板橋さんは、建てては壊す建築の在り方に疑問を投げかける。「欧米では古い家ほど価値が高まるのに、日本にはその文化がありません。でも僕は、この家には後世に残すべき価値があると思ったんです」

暮らしの心地よさを追求した
三角ユニットの家

日本人特有の美意識である〝わびさび〟を、この家に感じたという小板橋さん。古びて朽ちた姿に、骨董品にも通じる美しさを見出した。「〝古くて素敵〟なのは、人間工学に基づいた家だからという気がするんです。例えば、天井の高さや壁の角度。人が心地いいと感じるように設計されていて、そういう家は古くなっても魅力が失われることはありません」  正三角形のユニットを重ねるフランク・ロイド・ライトの設計手法に倣い、正三角形を組み合わせてつくられたリビングは、六角形のかたち。壁が直角よりも大きく交わって、空間に広がりと開放感をもたらす。そして、天井はあえて低く。ここにも人間工学に基づく根拠があるようだ。

ファイヤープレイスのある六角形のリビング。「同じものを探した」という絨毯は、毛足の長さまで忠実に再現した。
小板橋さんいわく、「僕の一番の理解者」という奥様。フランク・ロイド・ライト建築の旅にも同伴した。

当時の姿を蘇らせたい。
5年の歳月をかけた
執念の復元作業

5年に及ぶ復元作業は、フランク・ロイド・ライトを知ることから始まった。日本各地のフランク・ロイド・ライト建築を訪ね、関連書籍にもすべて目を通した。「彼の持ち味は〝プレーリースタイル〟。地形に合わせて家をつくるというもので、星島先生の設計にも踏襲されています。土地の傾斜に沿って、この家も建てられているでしょう」と、熱を込めて語る小板橋さん。「フランク・ロイド・ライトおたく」を自称するほど、情報収集に夢中になった。目指すゴールは、1966年完成当時の姿を今に蘇らせること。自身の足で得たフランク・ロイド・ライト建築の知識を注ぎ込み、復元に着手した。障壁となったのは色。残されたモノクロ写真からは、建物の色が推測できない。唯一の手掛かりは、星島氏が描いた図面だった。ご家族に何度も手紙を送り、提供を依頼するも、連絡をとることはできず。

照明や椅子といったインテリアは、建物と同年代につくられたものを吟味。小板橋さんらしい個性も添えて。
ウォールナットの棚は自作。「フランク・ロイド・ライトが設計した『ヨドコウ迎賓館』で棚を採寸し、そのサイズでつくりました。それが彼の人間工学なんだろうと思ったから。『彼なら、どういう風につくるだろう?』と、想像を巡らせる作業でした」

入手が叶わないなら、想像を巡らせてフランク・ロイド・ライトらしい色を追求するしかない。「屋根の色はくすんだ赤に。ライトが好む色で、アメリカの自宅の屋根もこの色です。自分で塗料を混ぜて、ライトらしい赤を再現しました」
完成までに5年も要したのは「こだわりすぎたから(笑)」。リビング壁面に張る大谷石は、屋外で日光に晒し経年美化させた。古い家に調和させようと手間をかけたが、仕上がりに満足がいかず張り替えるこだわりよう。これはほんの一例で、復元はやり直しの連続だったという。苦労してつくったものを壊すのは勇気がいるが、それを厭わないのが小板橋さん。「もはや執念。忠実に復元するために、絶対妥協したくなかったんですよね」

イームズ夫妻が好んだ木製のオブジェ「イームズバード」をはじめ、室内はアートの宝庫。お子さんたちの感性を育てたいという思いからだ。
プレイルームには、レトロなアップライトピアノ。前のオーナーのものが、そのまま残されている。

作家ものの花瓶は、奥様がセレクト。「ここの暮らしで、花を活ける楽しみが増えました。でも私の活け方が気に入らないと、龍さんが直しちゃうんですよ(笑)。それほど、この家を愛しているんでしょうね」

よいものを生かし
未来に受け継ぐ。
それはやがて、財産になる

完成から1年半が過ぎ、小板橋さんの暮らしぶりはどうだろう。夜はほの暗い部屋で、家族とくつろぐ。ひそやかな陰影と、遠い時代の香りを運ぶ60年代のものたち。「今の日本人は、隅々まで明るい生活をしているでしょう。でも昔はそうじゃなくて、薄暗さが贅沢だった。『陰翳礼讃』の世界ですよね。日本的な美意識は闇との共存にあって、そこに趣や奥深さを感じるんです」。暗いことは不便ではないと知る、心豊かな時間だ。古きよきものを生かし、よりよいものをつくる。使い込むほどに趣が深まり、それはやがて後世に受け継がれる価値となる——。小板橋さんの一貫した信念は、住まいづくりを考える私たちに新しい価値観をもたらす。使い捨てではなく、良質な家を大切に住み継ぐことは、サステナブルな社会の実現にもつながるだろう。そんな好循環が生まれてほしいと願う。

天板にオーダーメイドの石を使ったプレイルームのテーブル。脚は小板橋さんが自作した。
カーポートの天井に、正三角形のユニットを組んだ特徴的な構造を見ることができる。
エントランスも三角形のデザイン。三角形の頂点から底辺に向かって階段を上がり、家の中へ。