Volume.46 SPECIAL CONTENTS
homeと暮らしの美学
Aesthetic lives in space.
ひとつの軸と時空
住まいは自意識よりも、美意識が表れる場所。
暮らしながら自分の軸を探る編集者、
山村光春さんの住まいを訪ねた。
Volume.46 SPECIAL CONTENTS
ひとつの軸と時空
住まいは自意識よりも、美意識が表れる場所。
暮らしながら自分の軸を探る編集者、
山村光春さんの住まいを訪ねた。


BOOKLUCK
編集者・コピーライター。BOOKLUCK代表。大阪出身。雑誌『Olive』のライターを経て、企業広告や雑誌、書籍などの編集・執筆に携わる。2015年から2年間、上田と東京の2拠点生活を送る。近年はリフレクソロジストとしても、上田「Loppis」などのイベントで活動中。近著に『LOVE SOME STORY BOOK』(HIGHTIDE)がある。
https://bookluck.jp
「ようこそ! 暑かったでしょう」。光が熱を増す夏の朝、山村光春さんは太陽のような笑顔で住まいへと招き入れてくれた。隅田川にほど近いビルの一室には朝の光が差し込み、清々しい空気に満ちている。
編集者・コピーライターとしてライフスタイル分野のブランディング、雑誌や書籍で活躍する山村さんが浅草のこの住まいに引っ越してきたのは、2025年春のこと。33㎡、1LD K。仕事場を兼ねたダイニングキッチンと寝室、水色のタイルがレトロな浴室。15年暮らした代々木のマンションから、ぐっとコンパクトにしたという。数年前から福岡にも家をもち、2拠点生活を送ることから「いろんなものを軽くしたい」と手に入れた小さな空間はすでに山村さんの色に染まり、初めて訪れても居心地がいい。
「古い家なりの不思議なディテールを楽しみたい」とリノベーションは施していないが、昭和を思わせるキッチンの扉は取り替えた木製つまみで表情を 変え、吊り下げた電球には「シェード代わりにとりあえず」つけた紙袋がしっくりなじんでいる。賃貸住宅特有の白い壁やカーテンレールの上も、昔からそこにあったかのようなアートやオブジェで彩られる。それらは、どんな仕事でも山村さんならではの視点が宿る、自身の文章とも重なっていく。
すっきりとした部屋が苦手、と主が語るその部屋は、すべての物があるべき場所に収まっている。大切にしているのは体の感覚から導いた「居心地」と、好きな物を飾る「目心地」。大きなソファを手放し買い替えたコンパクトなベンチは「寝転ぶとシンデレラフィット(笑)。ちょうどいい居場所になって、夜はここで本を読んでいます」。
山村さんは約3年前、友人と「軸と時空」というメディアを立ち上げた。住まいやアトリエなどの居場所とその人の「軸」が関わっていると感じ、それらを探りたいと考えたという。山村さん自身の軸も、この住まいが教えてくれるのかもしれない。



実は、浅草エリアに暮らすことはまったく考えていなかったという。20代で上京してから幾度となく引っ越しを繰り返したが、選ぶのはいつも代々木や恵比寿など東京の西側だった。ところが知人のカメラマンが「私の住んでいた家が空きますよ」とDMをくれたことから、思いがけない形でこの家と出会った。「想定外だったから街の印象がまるでなくて、ゼロから関係をつくっていったんです。お見合い結婚みたいに」と笑う。
自分が浅草に暮らすイメージをもてなかった山村さんは、空想のテーマを考えた。「オランダのブックデザイナーが、もしセカンドハウスを借りるなら」。すると急に「浅草いいかも!」と心が浮き立ったという。ブックデザイナーだから、仕事部屋の壁には昔手がけた本の手描きラフやポスターを。少々古いが広く明るい浴室は「お風呂部屋」と名づけ、壁に写真を貼ったり椅子を置いたりしてくつろげる場所にしつらえた。昔ながらの深い浴槽に首まで浸かり、本を読むのが習慣だ。
お風呂といえばこの街に住んでから山村さんは時おり、銭湯に出かけるようになったという。
「何かに似ているなと思ったら、カフェなんですよね。コーヒーは家でも淹れられるけどカフェで飲むと気分をリセットできる。銭湯も同じなんです。そんな風にこの街に来てから、生活の意識に色んな変化がありました。“東マジック”ですね」
街にはそれぞれ、暮らしを向上させる機能がある。おしゃれなカフェやレストラン、広い公園。これまで東京の西側を選んできたのは、それらがつくるイメージに惹かれていたからかもしれない。 「人にどう思われるかとか自分の憧れの呪縛があったけれど、浅草に暮らして『そういうのは、もういいかな』と思えたんです。心の声に忠実になるというか、自分が気持ちいいと思うことをしたい。銭湯もその1つ。呪縛からの解脱です(笑)」


誰もが日常をSNSで発信できる今、暮らしも「見せる」感覚が強くなっている。けれど住まいで大切なのは自分が心からくつろげること。ファッションが人からどう見えるか、自分のブランディングにつながるのに対し、住まいは「自意識よりも美意識が表れるもの」と山村さんは言う。
「家はおおよそ一人で過ごす場所だし、自分が気持ちよければそれでいい。見られる意識を取り外していって、残されるのが美意識であり、それが表れるのがインテリアだと思います。最後に譲れないところ、自分自身の手綱みたいな」
美意識とはつまり、世の中の「こうあるべき」にとらわれず、何に心地よさを感じるか。「例えば」と山村さんはある友人の話をしてくれた。「彼の家は色んな物がわーっと積み上がっていて足の踏み場もないほどなんですが、僕が遊びに行った時、じゃあ片付けるわって積み上がった本の角をちょっとだけ揃えていたんです(笑)。 ああこれが彼の美意識だなって」
浅草に暮らしてから山村さんはまた1つ、美意識の輪郭を見つけた。隅田川沿いを散歩していると、実に色々な人とすれ違う。風変わりな体操をする人、いつも上半身裸で電話をしながら歩いている男性、タバコをふかしながらローラースケートで滑るおじいさん(!)。最初はびっくりしたが、次第にそれが彼らの美意識だと感じるようになった。
「ステレオタイプの美じゃないんだけど、自分の中で譲れないものがきっとある。かっこいいと思われたくてローラースケートを履いているわけじゃないと思うんですよ。あくまでも移動手段(笑)。“私はセンスが悪い”という人こそ、ポケットの中に美意識が隠されてると思う。最近思ったのは、年を取るにつれて美意識が“発酵”してくるんじゃないかな、と。誰にどう思われてもいい、というところから自分のスタイルが醸される。この街に来て、それを感じました」


山村さんが家を買わず、賃貸で暮らし続けているのには理由がある。
「1つの場所に根を張ることに、抗いのようなものがあるんです。軽やかにしておきたいというか、凝り固まることが怖いという感覚がある」
誰かと暮らすことを選ばず一人暮らしを続けているのも、軽やかでありたいから。同時に、暮らしの美意識は自分一人でしか貫けないと考えていたからだ。けれど以前、結婚したばかりの友人の家を訪ねた時、気持ちが少し変わった。
「二人は料理家と写真家でそれぞれ確固たる美意識の持ち主なのですが、2つの感性が溶け合ってさらにハイブリッドなカッコよさになっていたんです。これとこれが一緒にあるのもいいねと発見があったり、新しい美意識の頂にたどり着くことがあるんだなと思ったらなんだか感動して、人と住むのもいいかもと感じました」
こうした違う考えを取り入れながら風通しよくありたい、価値観を解 き放ちたいと明確に感じるようになったのは最近のこと。大好きだった代々木の家との別れを経て今の家に出会い、憧れからの解脱や新しい美しさを見つけた体験が大きい。同時に、街への愛着をまっさらから育てる喜びを改めて感じたという。
かつて上田と東京で2拠点生活を送っていた山村さん。その時も同様に街とゼロから関係を紡ぐこと、自分に新しい風を入れることに喜びを感じていた。2つの家の維持は大変なことも多いものの、住むことで街との関係がぐっと深まったと話す。
「数日の旅や出張だと食べ物がおいしいとか人が優しいとか、ありふれたイメージに集約してしまう。住んでみないと、テンプレートから逸脱できないんです。観光という言葉は土地の“光”を観察するって書きますよね。でも住んでみると光だけでなく影も、そのあわいも感じられる。全部ひっくるめて愛することができると思うんです」




本と茶「NABO」by VALUEBOOKS
「山村さーん!」。上田の街を歩くと、行く先々で再会に顔をほころばせる人たちがいる。毎日通ったブックカフェ、お気に入りのレストラン、立ち上げから見守っていたブリュワリーやカフェ。離れていてもこうして時おり訪れたり仕事で関わることで、上田との緩やかな関係が続いている。
上田に暮らし始めたきっかけは、この街にあった北欧家具の店・haltaのオウンドメディア「halta365」の編集を依頼されたことだった。「街を伝えるには住むぐらいの勢いで発信しないとと社長に話したら、じゃあ住んでって(笑)」。当時上田のイメージはゼロに近く、こちらも「お見合い結婚スタート」だったが、街と少しずつなじんでいく体験は山村さんに大切な変化をもたらした。
「上田の人は、こちらに興味はあるんだけど自分から積極的には関わって来なくて、はたからのぞいているような感じ。だから街に溶け込むのに時間がかかるんだけど、一度仲良くなっ たらすごく好きになるんですよね。自分からどんどん前に出て表現することが求められるこの時代、上田の人からにじみ出る奥ゆかしさや謙遜の文化には、“最後の日本人”ともいえる良さがある気がするんですよ」
少しずつ関係性を深めていくのは、街のお店も同じこと。東京に比べて選択肢は少ないが「イタリアンならここ、焼き鳥ならここ」といった地域一番店が各ジャンルにある。その分、「街にちゃんと関わっている感じがあった」と山村さんは話す。
「いつも同じ店へ行くから、自分と街が深くすり合わされる感じがあるのかもしれません。県外のお客さんを上田に案内する時も、いつも行く場所にお連れするから自信をもってお薦めできることが嬉しかった」
住んでいるから見つける街の機微。それを誰かに伝えることで、自分の中で魅力を再発見できる。外と中、両方の視点をもつ山村さんだからこその街との関わり方なのだろう。



Nobara Homestead Brewery
「初めて上田に来た時、都市だからもちろん雑多なところもあるんだけど、すごくクリーンな街だと思いました。晴天率も関係しているのかな。山や川の植生が独特で、そこに彩度と明るさを少し上げたような太陽の光が当たることで、街の色合いみたいなものが生まれる。自然と光はセットなんですよね」
たくさんの人に「車が必要だよ」と言われたにもかかわらず、住んでいた2年は自転車移動を貫いた。デンマークを取材した時、ポリシーとして自転車を活用している社会に魅せられたことも理由だ。燃料を使わずクリーンであること、自分の脚で前進する爽快感。何より、コンパクトな上田の街に自転車はぴったりだった。そうした環境の魅力はもちろんのこと、人とのつながりが山村さんと上田の街を深く結びつけた。
「“心のふるさと”ってよく言うじゃないですか。僕にとって上田はその表現がぴったり。自然は豊かだけれど街 だから、別荘のような非日常じゃなく日常の場所。だから帰ってきたくなる、ふるさとの感じがあるのかな」
ふるさとには待っている人がいる。当時、毎日のように通ったブックカフェ「NABO」のカウンターでは、店主の池上幸恵さんが変わらずにこにこと迎えてくれた。「みんな、山村さんが来ると嬉しいんです。本の世界で素晴らしい仕事をして名前が知られているけれど、相手との関係性をきちんとつくった上で仕事をする姿がかっこいい」と池上さん。青木村にある醸造所「野ばら ホームステッドブリュワリー」の中村レイコさんは、山村さんを「太陽の人」と表現する。「相手を全部きちんと拾って照らしてくれる。山村さんの表情や言葉に、こちらが嬉しくなるんです。愛の人ですね」
暮らすことは街の人と関わり、信頼を紡ぐこと。離れてなおそれを大切にする山村さんの姿が、上田の街を歩く後ろ姿から伝わってきた。


Panier Restaurant


上田映劇/重澤珈琲
インテリアでもファッションでも抜群の審美眼をもつ山村さんに、物の選び方について尋ねてみた。 「“この人はこんな感じ”とカテゴライズされるのはつまらないから、ど真ん中ではなくちょっとはみ出したものを選びます。同時に服でも家具でも、これは本当に好きなのか常に自分に語りかける。視点を問う自主練みたいなものかもしれません。とはいえ苦手な分野もありますよ。電化製品選びは苦手だなあ(笑)」
車ではなく自転車を選んだように、機能性よりも「これがあると心が躍るか」に重きを置く。そんな価値観を象徴するのが、山村さんが「TTT」と名付けるマイルール。
「引っ越す時に断捨離をしたんです。普通は必要な物だけ残すんでしょうけれど、僕の場合は“必要じゃない物”の方が残っていった(笑)。そこでTTTです。“とっておきを取っておいて、取り替える”。いいなと思って買った物、何に使えるかわからないけどとっておいた物が、新しい家で『ここに使えるじゃん!』と発見することに喜びを感じるんです。このコの居場所が見つかった!って」
寝室の時計は古い滑車で吊るし、須坂の「古道具 そらしま」で買った杵はドアストッパーに。ティッシュ入れは、海外エアラインのエチケット袋だ。本来の用途と違う形で使うことでインテリアに個性が生まれ、ストーリーを生み出している。
機能を満たしはしても不本意な物を買うぐらいなら、出会いを待つ。スタンバイしていた物が用途を満たすことに気づくと嬉しいし、何より美意識に合った物で住まいを満たす「巣作り」が楽しい。
引っ越してから数カ月、「居心地の良さ」と「目心地の良さ」のポイントを探りながら、「あれをここに、これをここに」と試行錯誤する時間が楽しくて仕方なかったという。その時間が美意識を確かめ、育てていくのかもしれない。








この街に暮らして、隅田川沿いを走ることが朝の日課になった。時間もコースも決めない。歩く日もあれば、公園で裸足になってヨガをする日もある。
「今日は走りたいのか歩きたいのか、その時々の気分をきちんと受け止めて決めたくて。川はずっと続いているからどこまでも走れるし、橋もたくさんあるからあみだくじみたいに今日はこの橋を渡ろうとか、気分でコースを変えます。何かルールを決めるとルーティンになって、意識しなくなるでしょう? それが嫌で。ちゃんと意識して、毎日色んなことを感じて生きていたい。ちょっと大げさですけどね(笑)」
固定しないこと、変化を楽しむこと。それが山村さんの軸にあるのだろう。旧知の友人「あっこちゃん」と立ち上げたウェブとポッドキャストのメディア「軸と時空」は、最近多く聞かれるようになった言葉「自分軸」を考えることがテーマだ。
「これまではいただいた仕事をどう楽しむか、どう捉えるかに自分の視点を練り込むことをしてきました。だけどある時あっこちゃんに『やりたいことはないの?』って聞かれて、『そういえば、ない!』って。それならやりなよと言われて、一緒にメディアをつくることにしたんです」
ポッドキャストでは二人が家でくつろいでいるように関西弁で日々感じたことを話し、違いを知ったり小さな発見をしたりする。世界の見え方を交換するような会話は柔らかだが芯があり、リスナー側も緩やかに視野が広がっていく感覚がある。
「軸と時空」のコンセプトにはこう綴られていた。「『軸』とは人それぞれが持つ姿勢や考え方。ただ頑なになることではなく、何かに影響を受けても、最後に戻ってくることのできる『心の家』のようなもの」。自分や誰かの時空を行き来する旅を続けて、山村さんは今も軸を見つけ直しているのかもしれない。


